福祉サービスの死角(14)

 田崎敦子を伴って居宅介護支援事業所『楽福』を訪れた板橋保佐人は、ケアマネジャーとしてではなく、所長としての前田玲子に会って、今月一杯での契約の解除を申し出た。

 後ろめたいのだろう。

「何か不都合でも…」

 探るような目つきをする前田に、

「これ、お返しします」

 敦子が借りていた領収書の綴りを机に置いた。

「領収書に不備でもありましたか?」

「大半は日用雑貨食材費等という但し書きで、実際に何を購入されたかが不明です。吉島さんの財産管理に責任を持つ保佐人としては、まずこの点が不都合と言わざるを得ません。法事の費用も、事前にご相談があれば認めなかったと思います。頻繁な外食も含めて、他人の金銭を消費することに対する慎重な姿勢が感じられません。何よりも吉島さんの意思が事業所に都合の良いように利用されていると思われる点が…」

 板橋が言い終わらぬうちに、

「誤解なさっては困ります。吉島さんはヘルパーの菊池を大変信頼されて、私どもに本当のお気持ちを…」

 前田が慌てて言い繕おうとすると、

「いいえ、吉島さんは外で食事をしましょうと誘えば頷かれるし、家で食べましょうと言えば頷かれます。人に異を唱えない性格の吉島さんを都合よく操るのは簡単です。それに、吉島さんの排泄は自立しています」

 たまりかねた敦子が口を挟んだ。

「え?」

「私たちが福祉の門外漢だからと思って安易に考えられたのでしょうが、毎月の失禁パンツの請求はやり過ぎましたね」

 敦子の言葉は前田を沈黙させた。

 どうして分ったのだろう。単身の認知症高齢者の場合、請求費目の中に失禁パンツが計上されていても関係者から疑問視されたことはない。支払能力に応じて無理のない金額を設定しさえすれば。毎月継続して引き落とされる費目に対しては、人は経常経費として警戒を抱かないはずであった。

「他の領収書が全て日用雑貨食材費等で一括されている中で、失禁パンツと尿取パットだけが、それと分かる単独の領収書である点が不自然でした。架空請求だと思うから、ことさら証拠を保存しようという気持ちが働いたのではありませんか?」

 前田の気まずい沈黙が敦子の指摘の正しさを表していた。

「…という訳で、信頼を失った事業所と契約関係を続けることは難しいので、ヘルプも合わせて今月一杯で解除ということでお願いします」

「ご指摘の点は反省…いえ、猛省致します。これからはレシートを添付しますし、不適切な支出は決して致しませんので、どうか考え直して頂いて、私どもに信頼回復のチャンスを与えて頂く訳には参りませんか」

 別人のように何度も頭を下げる前田の様子に、気のやさしい板橋の表情はわずかに動いたが、

「不正請求として然るべき手続きをすることもできますが、そこまでは考えてはいませんのでご安心下さい」

 毅然として言い切った。

 前田所長は力尽きたように机に両手をついた。