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福祉サービスの死角(15)(最終回)
『楽福』との契約を解除して事務所に戻った板橋保佐人と田崎敦子は、次の居宅介護支援事業所を選ぶために、あの日地域包括支援センターから入手した事業所名簿を開いたが、
「こんな経験をすると、いったいどの事業所が信頼できるか見当がつきませんね」
敦子は福祉業界そのものに疑心暗鬼になっている。
「家族がいれば、事業所もいい加減なことはできないけど、一人暮らしの認知症高齢者はカネ儲けの手段にされてしまう。今回だって法事の出費に不審を抱いて本人を訪ね、偶然失禁パンツの不正な請求に気が付いたから良かったけど、そうでなきゃ、今でも『楽福』のサービスが続いている。悪徳業者の被害は警戒していたが、まさか福祉サービスそのものが不正な利益を生むなんて、思いがけない死角だったよ」
「そもそもケアマネジャーは、公正中立な立場でサービス内容をチェックしてプランに反映させる役割でしょ?それが、サービスを提供する側と同じ事業所に所属していたのでは公正中立な機能は果たせません。制度そのものに欠陥がありますよ」
敦子は介護保険制度について勉強したらしい。
「それにしても不正請求を正式に問題にしたら、『楽福』は困ったことになったでしょうね」
なぜそうしなかったのかという批難を込めて敦子は言った。
「事業所の指定は取消しになるだろうし、詐欺事件として刑事責任を問われる可能性だってある。しかし、そうなると…」
「そうなると?」
「支出内容の点検を怠っていた保佐人も無傷ではいられない。監督機関である家裁からはお叱りを受けるだろうし、損害を明確にして、『楽福』に賠償させなければならないだろうな」
だから不正を不問に付したのかと思うと、敦子の中で成年後見制度そのものに対する信頼まで揺らいで行く。
一方、『楽福』の事務所では前田所長と菊池ヘルパーが浮かぬ顔で向き合っていた。
「さすがに法事はまずかったわ」
前田は菊池の提案に乗ってしまった自分の軽卒を悔いたが、それは提案した菊池を責めることになると気が付いて、
「何もあなたが悪いと言ってるんじゃないわよ」
慌てて補足した。
「全て本人の意思であるように記録したはずですけどねえ…」
「決定的だったのは失禁パンツよ。あれで事業所そのものの不正体質が疑われた」
「国保連合会や運営適正化委員会に苦情として持ち込まれなくて良かったですね。特に失禁パンツの件は、全てのケースを調べられたら大変なことになるところでした」
これからは後見人や保佐人が付いているケースは要注意ですねと菊池が言うと、私、思うのよね、と前田がしみじみ言った。
「保佐人は代理権を使って契約を解除したけど、保佐の場合、代理権の付与には本人の同意が必要なのよ。吉島さんは、福祉サービスの契約は保佐人に代理してもらいましょうねと言えば頷くし、契約まで保佐人に任せるつもりはないですよねと言えば、やっぱり頷いたと思わない?本人の意思を都合よく利用したのは後見制度も同じことだと思うけどね…」
「本人の意思ですか…」
菊池は何と返事していいものか分からなかった。
終(最終回)