身上監護(1)

 成年後見センターを訪ねて来た山脇伸郎と名乗る民生委員は、川上すずの火の不始末に対する近隣住民の不安を盛んに訴えていたが、やがて語気を荒くして、

「いいですか?我々が説得しても、すずさんは絶対にグループホームに入居するとは言いません。地域の皆さんは困っているのです。身上監護は保佐人の仕事でしょう?被保佐人の生活には責任を持って頂きたいものです!」

 警察官のような目で早崎社会福祉士に詰め寄った。

「ご心配はよく分かりますが、保佐人には被保佐人の意思を無視してグループホームに入居させる権限はありません。ご本人はようやくデイサービスにも通うようになり、徘徊も少なくなりました。GPSのついた靴以外は撤去しましたから、万一行方が分からなくなってもスマホで探索ができます。ご本人は自宅での暮らしを強く望んでいます。ここは、すずさんが安心して地域で生活するための支援体制を作ることこそ民生委員としての山脇さんの使命だと思いますが…」

 早崎は身上監護についての民生委員の誤解を解きたかった。

 保佐人には通常、被保佐人について、入院や入所を含む福祉サービスが必要な場合、本人に代わって医療機関や福祉サービス事業所と利用契約を結ぶ権限が付与される。しかしそれはあくまでも本人の意思に基づく代理権を有しているに過ぎない。施設入所は身体的自由を拘束する。強制すれば人権侵害である。対象者の権利擁護を目的として誕生した成年後見制度が、地域が望むからといって、本人の意思に反して無理やり施設入所を強制できるはずがない。

「ご理解頂けますね?」

 と言う早崎に山脇が猛然と反撃した。

「だから意思決定支援が重要なのではないですか。私だって保佐人が本人の意思を無視して施設入所を強制できるとは思っていませんよ。しかし本来成年後見制度は、意思能力の不十分な人を支援することを目的に誕生したのです。被保佐人の意思が合理性を欠いていることが制度の前提なのです。被保佐人の意思に沿う形でしか代理権を行使できないのなら、被保佐人に合理的な意思決定を促す責任が保佐人にはあると思いますよ。それが意思決定支援です。身上監護とは福祉サービスの利用契約だけでなく、被保佐人が合理的な意思を持つように支援する努力を含むのです。つまり保佐人はすずさんにグループホームに入居するよう説得する義務がある。違いますか?」

「意思決定支援についてはおっしゃる通りです。ただ、現段階のすずさんにとって、グループホームに入居するのが合理的なのか、地域での生活を続けるのが合理的なのか、そこが見解の分かれるところなのです。保佐人としては、すずさんはまだグループホーム入居の時期ではないと判断しています。すずさんにはもう少し自宅で生活していただこうと思っているのです」

「…」

 山脇の沈黙は怒りの感情を表現していた。

「これだけ議論して、結局、見解の相違ということですか…。とにかく地域の皆さんは不安を感じています。すずさんの家から出火して近隣が類焼するようなことがあれば、早崎さん、成年後見センターの責任は免れませんよ」

 山脇民生委員は言い捨てるようにしてセンターを後にした。