身上監護(2)

 保佐人の協力は得られなかったという報告を山脇民生委員から受けた宮田市会議員は、

「それでは困るんだよ。新築したばかりだというのに、婆さんが火を出したらうちは丸焼けじゃないか。認知症高齢者の隣りに住む者の不安を、保佐人はどうして理解しないのかね」

 宮田議員は、菊の透かし彫りの入った総紫檀の座卓を愛おしむように撫でて、

「これを灰にする訳には行かないからね」

 そうだろ?と山脇を見た。その眼には当選回数を重ねた議員特有の圧力がある。山脇は手の中の湯呑を慎重に茶托に戻した。こんなに高級な有田焼の湯呑でお茶を出されても落ち着かない。

「宮田先生のご心配は、近隣住民全体の不安として十分センターに伝えたつもりです。しかし考えてみれば、医者嫌いのすずさんを地域包括支援センターと協力して受診させ、アルツハイマーの診断に漕ぎつけたのは後見センターです。保佐人が選任されてからは、デイサービスに通うようになって徘徊は減りました。夜は給食を取るようにもなりました。それもこれも後見センターの努力です。ガスを撤去するには至ってはいませんが、火を使う頻度は随分減りました。本人が自宅で生活したいと望む以上、できる限り希望に沿って支援したいという保佐人の立場は揺るぎそうもありません」

「頻度が減っても意味がないんだよ。たまに使うガスの方が消し忘れる。君はアルツハイマーが分かってないようだね」

「はあ…」

「立場上私は市内の福祉施設には顔が利く。実は設立のとき相談に乗ったグループホームに無理を言って、婆さんのためにベッドを一つ確保したんだが、いつまでも空けておく訳には行かない。収益に関わるからね。そこで君たち福祉関係者の力で、何とか今月中に婆さんを入居させて欲しいんだよ」

「お、お言葉ですが…」

 山脇は宮田議員の強硬な姿勢に驚きを隠せない。

「先生のご意向であれば、ケアマネを初め関係者の足並みは揃います。長い目で見れば、それはすずさんのためでもあると思います。しかし保佐人が賛同しなければ肝心の契約ができません。成年後見センターの協力なしにこの話は進まないのです」

「まあ、ちょっと待ちたまえ」

 宮田議員は山脇民生委員を手で制し、

「私も成年後見制度を少し勉強してみたのだが…」

 保佐人には被保佐人が結んだ不利益な契約を取消す権限がある。本人に代わって福祉サービス事業者と契約を結ぶ権限もある。

「しかし制度は本人が契約を結ぶのを否定してはいないよ」

「は?」

「誰も自ら好んでグループホームに入居する者はいない。みんな本人を騙すようにして入居させ、本人の名前で身内が契約している。法的にはこれほど問題のある契約はないが、取消権者がいないから、日本中の利用契約が有効に推移している」

 違うかね?と言われれば山脇には返す言葉がない。

「調べてみると、疎遠だが婆さんには甥が一人いる。市の職員だから契約については市会議員の私が説得して協力させる」

 君たちには婆さんの入居を頼むと言われて、山脇民生委員は追い詰められた自分を意識した。