成年後見物語1

 相談室を訪ねて来た事務長は、

「私が来る時は、いい話じゃないんだが」

 と浮かぬ顔をして、山下昌明の支払いが二ヶ月滞っていると言った。

「支払い能力については、入所の時、きちんと確認したんだろうね」

「あ、はい、もちろんです。厚生年金が月々二十万以上入りますし、確か一千万を超える蓄えもありました」

 相談員の恭子は昌明の書類を取り出して、

「妻が身元引き受け人になっていましたが、この春に亡くなったのでご長男に変更しました。市内で印刷会社を営む事業主で、とてもしっかりした印象でしたが」

「その長男に代わってからパタッと支払いがないんだよ」

 事情を調べて善処するよう指示された恭子は、早速長男の和明に電話を入れたが、携帯電話は繋がらず、会社の電話も使われていなかった。

「気の毒に不渡り出したらしくてね、夜逃げって言うの?朝になったら誰もいないのよ」

 こういう場合、盛岡の実家かも・・・と隣家の主婦がこっそり教えてくれた通り、和明夫婦は妻の実家にいた。

「親父がお世話になっている老人ホームの職員さんだというから電話に出ましたが」

 ここにいることは誰にも言わないで欲しいと前置きをして、

「こういう事情ですから、支払いをしばらく待って頂く訳にはいきませんか」

 和明は電話口で声を落とした。

「いえ、お仕事の事情はお気の毒ただと思いますが、支払いはお父様の年金で可能です。受診の折りには現金も必要ですので、あれでしたら、こちらでキャッシュカードだけでもお預かりさせて頂いて」

 言い終わらぬうちに、プツッと電話は切れた。それが意思表示だった。息子夫婦は昌明の年金を生活費に充てている。気持ちは分からぬではないが、年金は昌明のものである。施設の利用料を支払わないで生活費に充てるということは、間接的に施設が息子夫婦の生活費を負担していることになる。

「親子といえどもそれって盗みだろ?」

 警察に相談してみたらどうだと事務長は言うが、

「子供が親のカネ使ったからといって、いちいち警察は動かないですよ。話し合いで解決してください」

 警察の回答はもっともだった。

「息子とはいえ、通帳もカードも本人以外の者が持ってるんだ。銀行にそう言って現金が引き出せないようにできないのか」

 という事務長の提案も、

「そういうお手続きは、ご本人以外はお取り扱いできないことになっております」

 銀行の窓口で若い女性職員に一蹴された。

「手続きと言われても、ご本人は認知症で何も分からないのですよ」

 詰め寄る恭子に、今度は男の職員が出て来て、

「こういう場合、成年後見人が選任されればご本人の代理人として通帳の変更も払い出しもできるのですがねえ」

 と言った。しかし長男に逆らってまで申し立てをする親族がいるとは思えない。市長による申し立てができないことはないが、果たして市役所が動いてくれるだろうか。

「う〜む」

 恭子の報告に、事務長は腕組みをして宙を睨んだ。