成年後見物語3

 廃屋の屋根から一枚の瓦が落下して、三年生の健一が頭に2針縫う怪我をしたことから問題は明るみに出た。

「どうして子供たちがあんな場所に近寄ったのか、木下先生、担任として調査していただけましたか?」

「はい。教頭先生のおっしゃるように、健一と一緒にいたという数人の生徒からも話しを聞きましたが、ちょっと前からから三年生の男子を中心に密かにキモダメシが流行っていたらしいんですよね」

「キモダメシ?」|

「ええ。自分の名前を書いた石ころを廃屋の仏壇に供えて来るのですが、その時に前の友達の石を持ち帰ると、それが仏壇まで行った証拠になるんだそうで、うまく考えたものです」

「我々が昔お墓でやったあれですね?しかし廃屋といえども戸締まりがしてあるでしょう?」

「もともとお爺さんが一人で住んでいた古い家でしたが、認知症を発症してグループホームに入られてからは、もう、ずうっと放置されているそうで、私も見てきましたが、ガラスは割れ、壁は部分的に崩れ落ち、庇は腐っています。その気になれは簡単に入れますよ」

「入られたのですか?」

「いえ、気味が悪くって…。仏間を見下ろすご先祖の写真の目が動いたとか、仏壇の中からかすかにうめき声が聞こえたとか、面白おかしく尾ひれがついて、キモダメシは他の学年にまで広がる勢いらしいですよ」

「危険ですね。現に瓦が落ちています。絶対に立ち入らないよう全校生徒に厳しく指導して下さい。そもそも廃屋であっても他人の敷地内に勝手に入るのは法律違反ですからね」

 ところが一旦は終息したかに見えた子供たちのキモダメシは、学校の禁止を破るというもう一つのスリルが加わって高学年化し、やがて六年生の男子が腐った床板を踏み破って怪我をするという形で再び問題化した。

 事態を重く見た校長は、

「…という訳で、大きな事故が起きないうちに、何とか家屋を取り壊す方法はないものかと思いまして…」

 PTA会長を伴って市役所に相談に出向いたが、

「家は私有地に立つ個人の所有物ですからねえ、市には取り壊す権限も予算もありません。ここはまず所有者にお話しされるべきでしょう」

 教育委員会も市民課も福祉課も、まるで時候の挨拶でもするかのような口調でそう答えた。仕方なくその足でグループホームを訪ねると、

「ああ、それなら省三さんですね」

 ほら、あの人ですよと施設長が促した視線の先に、ジャージイ姿の痩せた老人が麦踏みをするような格好で徘徊していた。聞けば、省三には月々のグループホームの費用を賄う程度の年金の外に三百万円程度の蓄えがあるが、子供はない。身内とはよほど関係が悪いのか、死んだ妻の弟が名ばかりの身元引受人になっていた。

「省三さんのおうち、古くて危ないから、壊してもいいですか?」

 施設長が徘徊中の省三を大声で呼び止めたが、省三は見向きもしないで通り過ぎた。

「お分かりにならないようなので、施設長さんの方でご決断いただけませんか。通帳も印鑑もお預かりになっているのでしょう?」

「いえ、それは無理ですよ。施設の費用の払い出しだって銀行との信頼関係で何とか成立しているのです。本人の承諾なしに家を取り壊す決断をしたり、その費用を支払う権限は施設にはありませんよ」

「また権限ですか…」

 と肩を落とす校長を励ますように、

「市役所に話して裁判所に市長名で成年後見の申し立てをしてもらったらどうでしょう。意思能力のない本人に代わって財産を管理したり、意思決定をする権限を持つのは成年後見人だけですからね」

 施設長はそう言ったが、校長は市役所の職員ののんびりとした口調を思い出していた。