実況中継

 いよいよスピーチ講座が始まります。忙しくて参加できない人のために、スピーチに関する私の雑感を、思いつくままシリーズで掲載して行こうと思います。

 多治見の名刹である虎渓山永保寺が焼けましたね。

 例えばこれを人に伝える時、二通りの方法があります。

「多治見の永保寺が焼けましたが、国宝の建物は無事でよかったですね」

 という伝え方と、

「いやあ驚きました。焼けましたよね、多治見の永保寺…。あれで国宝の建物まで焼けてたら大変でしたよ」

 という伝え方です。

 聞いていてどちらが心が騒ぐでしょうか。

 知性に訴える論文と違って、スピーチは聴衆の心、つまり感情を動かさねばなりません。

 こんなのはどうでしょう。

「昨日、財布を駅の券売機に置き忘れましてね、慌てて戻ったらそのままありました。人が大勢いるから反って盗られなかったのでしょうが、私もついにこんな失態をする年齢になりました」

「私も年ですね、忘れ物が多い。昨日はドキッとしましたよ。電車に乗ろうとしたら、ないんです。財布が。さっき切符を買った時は間違いなくあったんです。慌てて駅の階段を二つ飛びに駆け下りました。人相が変わってたと思いますよ…で、券売機のところを見たらあるんですよ、私の財布が。嬉しかったですよ。恋人に会うより嬉しかったです。しかしもう改札を入ってしまってるでしょ。人間て、欲ですねえ…。こうなるとわずか五百円の切符の代金が惜しいんです。私、思わず叫びました。チョッと済みません!その財布、私のです!お願いします。衆人監視の中ではさすがに誰も盗めなかったのですね。助かりました。それにしても、もうだめですよ、私の記憶力。それ以来、私は私を信用していません」

 どうですか、あとの方が面白いでしょう?

 ここにスピーチの大切なコツの一つがあるのです。

 例に挙げた二通りの伝え方の違いは明らかです。面白くない方は「説明文」であり、心が動く方は「実況中継文」なのです。説明は知性に訴えて理解を求める形式ですが、実況中継は事実を描写して感情を伝える形式です。正確に情報を伝えるのが目的の役所の説明会のような場合は別として、気の利いたスピーチとなると、わずかでも聴く者の感情が動かなくてはなりません。

『スピーチは説明ではなく実況中継である』

 大切なポイントその一として覚えておきましょう。