エピソードから意義へ

 スピーチと雑談は似ていますが、一番違う点を上げるとすれば、スピーチには何かしら心に残る意義みたいなものが要求されるという点でしょう。

 二つのパターンがあります。

 一つはエピソードをつないで行って意義にたどりつくパターンですが、こんなのはどうでしょう。

「皆さんは有名人に出会ったことがありますか?私は何人かありますよ。柳家金語桜でしょ、水の江滝子でしょ、伊藤雄之助でしょ、根上淳でしょ、入江若葉でしょ、あれ?みんな死んだ人ばかりですね、おっと入江若葉は生きてますか。岐阜羽島の駅では確かに和服姿の小山明子を見ましたし、あ、そうそう、東京駅では怖い人を見ました。怖い顔でしたよ。誰かを待ってるんでしょうね、一人でそわそわしながら立ってるんです。派手な服装でしてね、頭はつるつるで太っていて、眉毛がないんです。島木譲二でした。吉本の。もう少しちゃんとした有名人に出会いたいもんだと思っていましたら、ちょくちょくキムタクが来る洋食屋があるというんです。キムタクですよ、キムタク!私、でかけて行きました。案外ミーハーでしょ?ねえ、この店、キムタクが来るって本当?とウェイトレスに聞くのですが、さあ…としらばくれるばかりです。ははん、内緒にしてあるんだな…とピンと来ましたから、今度はレジのおかみさんに同じこと聞くと、おかみさんは気の毒そうな顔をして言うんです。何だかそんなふうに広まってしまったらしいんですよ、木村タクシーのことなのに…。木村タクシー!それはないですよね。木村タクシーがキムタクなら、キムチたくあんもキムタクでしょう?何でも縮めりゃいいってもんじゃない。ファミレスでイタスパ食ってたらキモいオヤジがナンパして来てさ、エンコーなんかできる顔じゃないっつうの…ってな調子ですからね。」

「しかし、考えてみたら電車は電気機関車だし、国連は国際連合だし、行革は行政改革だし、特養は特別養護老人ホームだし…日本語ってのは短縮の文化なんですよね。」

「トランジスタから半導体まで、もっと小さく、もっとコンパクトにっていう情熱と技術がわが国の産業を支えて来たのは、こういうことと同じ根っこでつながっているんじゃないでしょうか?そう思ったら、キムタクが木村タクシーでもまあいいっか…と、こう思えて来ただけです。何でも言葉を四文字に短縮してしまう傾向があるうちは、日本は巨大な製品より微細な技術に活路を見出すべきでだと思うんです」

 これは、キムタクが木村タクシーだったというエピソードから次々と発想して行って意義にたどりついた例です。次回は反対に意義から発想してエピソードを拾い上げた例をお話しすることに致しましょう。