外堀技法

 生活にはうるおいが必要です。食事一つ取り上げてみても、器を楽しみ、盛り付けを楽しみ、さらに凝れば、照明を工夫し、料理に相応しい音楽を流して食卓を囲んだ方が、ただ食べて空腹を満たすより数段豊かというものです。

 スピーチも同じです。

「いやあ、すっかり秋になりましたねえ」

 とストレートに言うのもいいでしょうが、

「いやあ、冷えましたねえ。今朝なんかどうですか?ついこの間までは暑い暑い暑いと言って、パンツいっちょでクーラーつけたりしてましたのに、今朝なんか私、しっかりパジャマ着て布団かぶって寝てましたよ。コオロギの鳴き声もキーキーキー…と、何だか心細い感じになりました。すっかり秋ですよね」

 と言った方がよほど豊かな表現になるでしょう。

 今回は言いたいことをストレートに言わないで、城にたとえれば、外堀から順々に本丸に迫る技術を考えてみようと思います。

「私、この前、親知らずを抜いた上に、虫歯を三本ばかり一遍に治療して、しばらく口が利けませんでした。しかし歯医者さんもむごいですよ。あれは拷問みたいなもんですからね。ぐるぐる回るヤスリみたいなもので勢いよく歯を削りながらですよ、痛かったら言ってくださいったって、言えないでしょ?親知らず抜いたところは、落とし穴みたいな、こんな大きな穴になってますよ。口の中というのは大したことなくても巨大な穴のように感じますよね。痛いくせに舌でこう、触りたがるんです。確かめたいんですよね、大きさを。何も食べたくないし、何もしゃべりたくありません。しかしですよ、テレビ見ていた家族が、クイズ、ミリオネアかなんか見ていて、有名なビサの斜塔はどこにあるでしょうという問題にですよ、フランス、フランスなんて言ってるの聞くと、思わずイハイア、イハイア、これイタリアのつもりなんですけどね、言ってしまいましたね、痛いのに。私、口が利けなくなって改めて気がつきましたよ。人間というものは、心の中で思ったことはどうしても言ってしまいたい生き物なんですね。ですから脳梗塞なんかで言葉を失った人は、辛いと思いますよ。それからみんな言いたいわけですから、人の話はさえぎらないで、ちゃんと聞かなくてはいけません。人が話してるのにですよ、あれ?雨じゃない?なんてのはムカッと来ますからね」

 趣旨はお解かりでしょう?つまり、人間は自分の思いを表現したいものだということを言うために、歯の治療から話し始めるのが一つのテクニックなのです。この技術には連想する能力が必要です。話しをしたい本能…話せない障害…脳梗塞…歯の治療…親知らず…クイズ…ピサの斜塔…イタリア…と、次々と連想を巡らせてわざわざ外堀を作り、そこから順々に話し始めます。聞く者は何の話だろう…と興味をそそられて聞いているうちに、いつの間にかスピーチの趣旨にたどりついているというからくりです。外堀技法とでも名づけて訓練いたしましょう。