気の利いたあいさつ

 あいさつは礼儀だと言いますが、たとえば町で出会った人に道を尋ねる時、時候のあいさつをする人はいません。

「あのお、すみません」

「はい?」

「いやあ、随分涼しくなりましたねえ…。いつのまにか蝉も鳴きません」

「はあ?」

「そう言えば明日は十五夜です。晴れるといいですよね」

「ちょ、ちょっと、あなた何なんですか?何が言いたいんですか?」

「いえね、駅にはどう行ったらいいかと思いまして」

 これでは変な人だと思われます。

 しかし、きちんと時間をとって会う人に、いきなり用件もいただけません。

「お待ちしていました。どうぞどうぞ」

 と対面した初対面の相手から、

「実はあなたにPTA会長をお引き受けいただきたいと思いまして」

 と切り出されたのでは何だか喧嘩腰で、とても引き受ける気にはなりません。

 スピーチはきちんと時間をとってお話しする場面ですから、やはりあいさつが必要です。

「私、ただ今ご紹介いただきました○○と申します。本日はスピーチのコツをお話しせよということでお招きいただきました。なにしろ国家資格がある領域ではありませんのでどれほどのことがお伝えできるかわかりませんが、どうかしばらくの間お付き合い頂きたいと思います」

 こんなのがオーソドックスですが、折り目正しいあいさつであるだけに、聞く側も襟を正してしまいます。

「ただ今ご紹介いただきました○○と申します。どうかよろしくお願いします。実は私、暑がりでしてね、皆さん暑くないですか?私こんなにクーラーが効いてても暑いんです。CoCo壱のカレーなんか食った日には、汗がドッドッドッドッと出ますからね。ここだけの話ですが、私、カレー食う時は着替えを持って出かけるんですよ。嘘です。上着を脱がせて頂きますがお許しください」

 こんな調子で始めれば会場はなごみます。

 どちらがいいかは話の内容や講師のキャラクターによりますので、正しいとか間違ってるという問題ではありませんが、私がこれまで聞く側で経験した印象では、後者のタイプのあいさつで始める講師の方がスピーチは魅力的でした。

 このタイプのあいさつには三つの目的があります。

 まずは会場をなごませることです。そのためには、たとえポーズであっても、自分がなごんでいなければなりません。どうしても緊張する時は、

「私、慣れないもんですから緊張で足が震えていますが、会場からは見えませんよね?」

 などと言ってしまえば反って会場はなごみます。

 次は講師を身近な存在として認識させることです。先ほどの例のように、暑がりだの寒がりだの、辛いものが苦手だの、最近髪の毛が薄くなったのを気にしてるだの、今朝は寝過ごして朝食を食べていないといった話題を交えると、聴衆は講師を遠い存在ではなく同じ仲間として迎えてくれます。

 最後は会場との一体感を作り出すことです。皆さん暑くないですか?とか、それにしても不景気ですねえとか、場合によってはポケットを探しまくって原稿を見つけ、

「ふう…これがなかったらどうしようかと思いました」

 と言うだけで会場は笑います。そして人間は一緒に笑う時、最高の一体感を感じるものなのです。

『スピーチは気の利いたあいさつから』

 大切なコツの一つです。