アガらないコツ

 私もアガったことが何度もありますが、それにしてもアガるとは変な言葉ですね。もっと体裁のいい書き言葉がないかと思って探すのですが、「緊張や不安のあまり普段の実力が十分発揮できない精神状態」なんて、長々とした説明しか思いつきません。やはりアガるとしか表現のしようがなさそうです。スピーチの場面を例にとって具体的に言えば、聴衆を前にして心臓が踊り、喉が渇き、頭の中が真っ白になって、しどろもどろになる状態です。想像するだけで忌まわしいですね。

 しかし、なぜアガるのかを考えて対処しようとする時は、先ほどの説明が役に立ちます。「緊張や不安のあまり普段の実力が十分発揮できない精神状態」。つまり、問題は緊張と不安に尽きるのです。

 一つずつ解決して行きましょう。

 まず緊張はなぜ起きるのでしょうか?家族や友人と話す時には緊張しません。初めての人と話す時や、偉い人と話す時は緊張します。つまり、聴衆が知らない人の集まりであり、それを偉い人のように意識するから緊張するのです。実は聴衆の方も初対面の講師を前に緊張しています。だったらスピーチの早い段階で聴衆を友人にしてしまえばいいのです。方法はいくつかあります。

 一つはごく日常の話題を取り上げて共感し合うことでしょう。

「いやあ、台風がそれてよかったですねえ」

「昨日もイチローは凄かったですね」

 などという話題は講師と聴衆の間の緊張を解くのには効果的です。

 もう一つは気取らない自己紹介をしてしまうのです。「私、郡上八幡で生まれ育ちました。人様の前でお話するのは得意ではありませんが、盆踊りは得意です。ただ、年ですねえ、もう徹夜踊りはできません。名前は『てつや』ではなく哲雄です」

 会場が笑えばお互いの気持ちは随分と楽になります。

 今ひとつは派手に失敗してしまうのです。

「あれ?時計を忘れました。最近多いんですよ、忘れ物。どなたか貸していただけませんか?あ、終わったら申し出てくださいね。そのまま帰ってしまうといけません」

 最前列の誰かの腕時計を借りるやりとりは、雰囲気を和らげる効果絶大です。

 では不安の原因は何でしょう。

 人はうまくできるかどうか自信がない時、不安になります。だったら、初めからうまくやろうなんて思わないか、必ずうまく行く準備をして自信を持つしかありません。やはりお勧めするのは後者ですね。与えられた時間を上回る量の内容を、例によって箇条書き、幹と枝のエピソード方式で準備します。恐いのは時間が足りないことよりも、余ってしまって空白になることです。あと三十分とか十分とか、残り時間が手の平に乗った辺りでエピソードを省いて行くのです。逆に言えば、臨機に省略可能なエピソードを準備することが大切なのです。貯金があると気持ちにゆとりがあるように、たくさんのエピソードを用意しておけば不安は払拭できるはずです。

 アガらないコツは、緊張と不安の解消ということになりますね。