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カネダ著作権事務所

著作権判例エッセンス

演奏権の射程範囲

【演奏権の意義】

() 著作権法22条は,「著作者は,その著作物を,公衆に直接(中略)聞かせることを目的として(中略)演奏する権利を専有する。」として演奏権を定めている。著作権法は,「演奏」それ自体の定義規定を置いておらず,その内容は,辞書的,日常用語的な意味に委ねていると解されるところ,その意義は「音楽を奏すること」との意味合いであると理解するのが自然である。
そして,著作権法2条1項16号は,「上演」の定義中に「演奏(歌唱を含む。以下同じ。)」と定めているから,同法22条の「演奏」の中には歌唱が含まれている。また,著作権法2条7項は,「この法律において,「上演」,「演奏」又は「口述」には,著作物の上演,演奏又は口述で録音され,又は録画されたものを再生すること(公衆送信又は上映に該当するものを除く。)及び著作物の上演,演奏又は口述を電気通信設備を用いて伝達すること(公衆送信に該当するものを除く。)を含むものとする。」と定めているから,演奏には,録音されたものの再生や電気通信設備を用いた伝達(公衆送信に該当するものは除く。)が含まれることになる。
() 著作権法は,演奏行為の聴衆である「公衆」の定義規定は置いていないが,少なくとも不特定者が「公衆」に含まれることは明らかであるところ,同法2条5項は,「この法律にいう「公衆」には,特定かつ多数の者を含むものとする。」と定めているから,「公衆」とは,「特定かつ少数」以外の者(不特定又は多数の者)をいうことになる。
() 著作権法22条は,演奏を「直接」聞かせることを目的とするものとしているから,演奏行為は「直接」聞かせることを目的としてされるものを指すことは明らかである。したがって,著作権法は,演奏に際して,演奏者が面前(電気通信設備を用いる伝達を含む。)にいる相手方に向けて演奏をする目的を有することを求めているといえる。
<令和3318日知的財産高等裁判所[令和2()10022]>

【演奏権の消尽の成否】

原告らは,音楽教室のレッスンで使用する楽譜等及びマイナスワン音源【注:「生徒が演奏する楽器のパートのみを除いた合奏が録音されたCD等」のこと】は,教師及び生徒に購入された後に演奏に用いられることが当然に想定され,被告は,これらが譲渡される際に,複製権のみならず演奏権の対価を含めて使用料を徴収する機会があるから,演奏権についても消尽すると主張する。
知的財産権の消尽は,特許権及び著作権法の頒布権について判例によって認められ(最高裁平成9年7月1日第三小法廷判決,最高裁平成19年11月8日第一小法廷判決,中古ゲームソフト事件最高裁判決参照),著作権法26条の2第2項等において明文で認められている。
このような知的財産権の消尽が認められる根拠は,①権利の対象となる商品について譲渡を行う都度権利者の許諾を要することとなると,市場における商品の自由な流通が阻害され,取引の安全を害し,②権利者は自ら【権利を譲渡し,又はその利用を許諾する際に】譲渡代金又は使用料を取得するなどして代償を確保する機会が保障され,二重の利得を得させる必要がないという点にあり,このような場合に知的財産権の権利者の権利行使を制限することを認める趣旨は,取引の安全と権利者に排他的権利に基づく利得の機会を保障することとの間の調和を図ることにあると解される。
以上のような消尽が認められる根拠,趣旨に照らし,本件において消尽が認められるかについて検討すると,楽譜等やマイナスワン音源は,その性質からして,購入後に演奏に用いられることがあり得るとしても,楽譜等やマイナスワン音源の購入者が,これらの楽譜等を使用して「公衆に直接…聞かせることを目的として」演奏するとは限らず,購入者の家庭内における演奏に使用し,あるいは著作権法38条1項などの権利制限規定により演奏権が及ばない態様で演奏される可能性も当然あり得ることである。そうすると,【音楽教室のレッスンで使用されるものとして作成された楽譜及びマイナスワン音源だからといって,購入された後に,それが演奏権が及ぶ態様でのみ演奏に用いられるということはできない】。
また,音楽著作物の楽譜への登載及び著作物のCD等への録音(いずれも複製権)と,音楽教室のレッスンにおける演奏(演奏権)とは,支分権が異なる別個の行為であり,著作物の利用形態も異なるものなので,行為ごとに権利処理することが許されると解するのが相当である。そして,著作権法が,同じ著作物であってもその利用態様ごとに対応する支分権を定めていることに照らしても,異なる支分権である複製と演奏のそれぞれについて対応する使用料を取得したとしても,著作権者が不当に二重の利得を得ていると評価することはできない。
さらに,原告らは,被告には演奏権の対価を含めて使用料を徴収する機会があったことも根拠として挙げるが,楽譜等の複製権に係る使用料を算定する際に,当該楽譜等の購入者がその後に演奏権の及ぶ態様で演奏するかどうかを把握することは困難であると考えられることからすると,楽譜等について被告に事前に演奏権に係る対価取得の機会が保障されているということはできない。
以上によれば,講師や生徒が楽譜及びマイナスワン音源を購入することにより,音楽教室における演奏に係る演奏権が消尽するということはできない。
<令和2228日東京地方裁判所[平成29()20502]>
【コメント】控訴審<令和3318日知的財産高等裁判所[令和2()10022]>も同旨:
控訴人らの当審における補充主張に対する判断
控訴人らは,前記のとおり,①権利者において演奏権の対価取得の機会があれば,演奏権は消尽するところ,教本に掲載された楽譜やマイナスワン音源の本来的な用途は音楽教室におけるレッスンに使用することであるし,控訴人らは,音楽著作物の利用に際して,被控訴人に利用申込書を提出しており,被控訴人は,当該出版利用申込書及び録音利用申込書の記載によって,それら楽曲が音楽教室の教材としてレッスン利用されることを事前に把握することができた,②ひとつの創作によりひとつの著作権が生じているにすぎず,支分権が異なることが消尽の成立を妨げるものではない旨主張する。
しかしながら,消尽の根拠は,原判決が説示するとおり,著作権の譲渡や著作物の利用許諾等の取引関係に入った者の取引上の安全の保護と著作物の経済的利用により利得を得る著作権者の利益の保護との調和を図るところにある。そうすると,楽譜やマイナスワン音源の作成に当たり著作権者が取得する対価は複製権(著作権法21条)の行使の対価であり,音楽教室におけるレッスンにおける利用に対する対価は演奏権(著作権法22条)の行使に対する対価であり,行使方法の全く異なる別々の支分権の行使に対する対価であって,権利として異なる以上,たとえ一つの創作行為により生じた著作物に係るものとはいえ,それぞれについてその利用の対価を取得したとしても二重の利得と評価する理由もなければ,両者を同時に行使しなければ不当と評価する理由も見当たらない。また,複製権の行使によって無限定に演奏権の消尽を認めれば,ひとたび複製権を行使しただけで当該音楽著作物をほぼ無限定に演奏されてしまうこととなって,著作権者の経済的利益を不当に害することは明らかである。仮に,音楽著作物の複製物と当該音楽著作物の演奏とを関連付け得る範囲において消尽の範囲を決するとしても,演奏が複製物を利用しながら行われるものであるのか否か,複製物をどの程度利用するのか等,演奏権の行使態様としては様々なものが想定され,これらにつき複製権の行使段階で予測することは困難であるから,著作権者において複製権の行使段階で対価徴収の機会を有していたとはいい難い。
以上によれば,教本に掲載された楽譜やマイナスワン音源が音楽教室のレッスンで使用するに適しているからといって演奏権が及ぶ態様でのみ演奏に用いられるとは限らない点はもとより,音楽教室のレッスンで使用されることを前提にしてもどのような利用態様であるかを把握し,対価を徴収することは,やはり困難なのであるから,複製権行使の段階で演奏権の消尽を認めることについては,その実質的理由を欠くというべきであり,利用申込書等に音楽教室での利用が予定されていること等を把握できる記載があるとしても,そのことから直ちに演奏権の消尽が理由付けられるものでないことは明らかである。
したがって,控訴人らの上記主張は,理由がない。

【音楽教室での演奏】※『侵害主体論②』参照

音楽教室における2小節以内の演奏について演奏権が及ぶか
控訴人らは,引用に係る原判決のとおり,音楽教室における2小節以内の演奏については,短すぎるため,どの楽曲を演奏しているかを特定することができず,著作者の個性が発揮されているということはできないから,著作物に当たらず,このような演奏については演奏権が行使されたとはいえない旨主張する。
しかしながら,一つの楽曲中から取り出した2小節分につきいずれも著作物性がないなどということはおよそ考え難い。
前述のとおり,音楽教室における演奏の目的は演奏技術等の習得にあり,演奏技術等の習得は音楽著作物に込められた思想又は感情の表現を再現することなしにはあり得ないから,音楽教室において,著作物性のない部分のみが繰り返しレッスンされることを想定することはできない。したがって,仮に,レッスンにおいて2小節を単位として演奏が行われるとしても,それは,終始,特定の2小節のみを繰り返し弾くことではなく,2小節で区切りながら,ある程度まとまったフレーズを弾くことが通常であると推認され,これに反する証拠の提出はない。そして,本件使用態様のとおり,レッスンにおいては特定の課題曲が演奏されることが決まっているのであるから,特定の2小節が演奏されたとしても,当該部分が課題曲のどの部分であるかは判然としているのであり,課題曲の2小節分が様々な形で連続的・重畳的に演奏されたとしても,それが課題曲の演奏であると認識され,かつ,その楽曲全体の本質的な特徴を感得しつつ,その特徴が表現されているとみるのが相当である。
したがって,控訴人らの上記主張は,採用することができず,演奏された小節数を問わず,演奏権の侵害行為が生じる。
<令和3318日知的財産高等裁判所[令和2()10022]>

【ダンス教室での演奏】

著作権者は,その著作物を公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として(「公に」)演奏する権利を専有しており(法22条),「演奏」には,生の演奏だけでなく,著作物が録音されたものを再生することを含むとされている(同法27項)ところ,被告らは,本件各施設において,ダンス教師が受講生に対し社交ダンスを教授するに当たり,管理著作物を含む音楽著作物を録音したCD等を再生する方法により演奏していることは当事者間に争いがない。
しかるところ,原告は,受講生に対し社交ダンスを教授するに際して管理著作物等を再生する行為は,「公に」演奏する行為に当たると主張するのに対し,被告らは,上記再生行為は,特定かつ少数の者に対するものであると主張して,「公に」演奏する行為であることを否定するので,まず,この点について検討する。
一般に,「公衆」とは,不特定の社会一般の人々の意味に用いられるが,法は,同法における「公衆」には,「特定かつ多数の者」が含まれる旨特に規定している(同法25項)。法がこのような形で公衆概念の内容を明らかにし,著作物の演奏権の及ぶ範囲を規律するのは,著作物が不特定一般の者のために用いられる場合はもちろんのこと,多数の者のために用いられる場合にも,著作物の利用価値が大きいことを意味するから,それに見合った対価を権利者に環流させる方策を採るべきとの判断によるものと考えられる。かかる法の趣旨に照らすならば,著作物の公衆に対する使用行為に当たるか否かは,著作物の種類・性質や利用態様を前提として,著作権者の権利を及ぼすことが社会通念上適切か否かという観点をも勘案して判断するのが相当である(このような判断の結果,著作権者の権利を及ぼすべきでないとされた場合に,当該使用行為は「特定かつ少数の者」に対するものであると評価されることになる。)。
これを本件についてみるに,被告らによる音楽著作物の再生は,本件各施設においてダンス教師が受講生に対して社交ダンスを教授するに当たってなされるものであることは前記のとおりであり,かつ,社交ダンスはダンス楽曲に合わせて行うものであり,その練習ないし指導に当たって,ダンス楽曲の演奏が欠かすことができないものであることは被告らの自認するところである。そして,被告らは,格別の条件を設定することなく,その経営するダンス教授所の受講生を募集していること,受講を希望する者は,所定の入会金を支払えば誰でもダンス教授所の受講生の資格を得ることができること,受講生は,あらかじめ固定された時間帯にレッスンを受けるのではなく,事前に受講料に相当するチケットを購入し,レッスン時間とレッスン形態に応じた必要枚数を使用することによって,営業時間中は予約さえ取れればいつでもレッスンを受けられること,レッスン形態は,受講生の希望に従い,マンツーマン形式による個人教授か集団教授(グループレッスン)かを選択できること,以上の事実が認められ,これによれば,本件各施設におけるダンス教授所の経営主体である被告らは,ダンス教師の人数及び本件各施設の規模という人的,物的条件が許容する限り,何らの資格や関係を有しない顧客を受講生として迎え入れることができ,このような受講生に対する社交ダンス指導に不可欠な音楽著作物の再生は,組織的,継続的に行われるものであるから,社会通念上,不特定かつ多数の者に対するもの,すなわち,公衆に対するものと評価するのが相当である。
この点につき,被告らは,①本件各施設におけるCD等の再生は,被告らとダンス指導受講の契約を結んだ特定の生徒に対し,ダンス技術の指導に伴ってなされるものであり,両者の間には密接な人的結合関係に依存した継続的な関係が存することに照らせば,本件各施設におけるCD等の再生は特定の者に対してなされるものであること,②被告らのダンス指導は個人レッスンを基本としているところ,その生徒数は数名,多くとも10名程度であるから,多数の者に対する演奏ともいえないこと,などを理由に,公衆に対するものではないと主張する。
なるほど,顧客である受講生らと被告らとの間にダンス指導受講を目的とする契約が締結されていること,この契約は,通常,1回の給付で終了するものではなく,ある程度の期間,継続することが予定されていること,本件各施設において,一度にレッスンを受けられる受講生の数に限りがあること,本件各施設におけるダンス教授が個人教授の形態を基本としていること,以上の事実は否定できない。しかしながら,受講生が公衆に該当するか否かは,前記のような観点から合目的的に判断されるべきものであって,音楽著作物の利用主体とその利用行為を受ける者との間に契約ないし特別な関係が存することや,著作物利用の一時点における実際の対象者が少数であることは,必ずしも公衆であることを否定するものではないと解される上,①上記認定のとおり,入会金さえ支払えば誰でも本件各施設におけるダンス教授所の受講生資格を取得することができ,入会の申込みと同時にレッスンを受けることも可能であること,②一度のレッスンにおける受講生数の制約は,ダンス教授そのものに内在する要因によるものではなく,当該施設における受講生の総数,施設の面積,指導者の数,指導の形態(個人教授か集団教授か),指導日数等の経営形態・規模によって左右され,これらの要素いかんによっては,一度に数十名の受講生を対象としてレッスンを行うことも可能と考えられることなどを考慮すると,受講生である顧客は不特定多数の者であり,同所における音楽著作物の演奏は公衆に対するものと評価できるとの前記判断を覆すものではないというべきである。
<平成150207日名古屋地方裁判所[平成14()2148]>

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