上杉謙信は大酒豪 Kenshin Uesugi is a great drinker 上越市



上杉謙信

☆ 上杉謙信は大酒豪 ☆

上杉謙信は大酒豪であった。山形県米沢市丸の内1丁目の上杉神社稽照殿(けいしょうでん)に展示されている春日杯や馬上杯という大杯を見てもうなずける。
謙信の酒の肴は、梅干であったという。梅干は二日酔い、疲労回復に効果があった。戦場食品としても、重要であった。幕末に書かれた『名将言行録』などの文献には、謙信が一人で縁側に座り、梅干しを肴に酒を飲んでいたこと、そして親しい家臣らと飲むときも肴は梅干しだけだったことが記されている。

謙信が大酒豪であったことを伝える手紙が残っている。謙信は永禄2年(1559)、第2回の上洛の際、関白近衛前嗣とたびたび室町13代将軍足利義輝の室町邸に招かれ、酒をご馳走になった。謙信30歳、将軍と前嗣はともに24歳であった。3人とも血気盛んで、意気投合したらしい。しかし謙信は酔って我を忘れるようなことは決してなかったという。
前嗣が百万遍智恩寺岌州(きゅうしゅう)に宛てた手紙に「今日、謙信が将軍邸にやってきたので、太閤(父稙家)と私(前嗣)にも来るように、と将軍から使者がまいりました。しかし昨夜、将軍が私の家においでになり、夜明けまで大酒を飲みました。そのため私は二日酔いで、参上しませんでした。
この間は、将軍と謙信がたびたび私の家においでになり、華奢な若衆をたくさん集めて大酒を飲み、夜を明かしました。特に謙信は若衆が好きだとうけたまわりました」とある。

謙信が京の都で飲んだ酒は、銘酒「柳」であったろう。戦国時代、京都五条坊門の西洞院南西頬の柳酒屋(中興氏)で作っていた酒である。狂言に「松の酒屋や海壷の、柳の酒こそすぐれたれ」とうたわれた。この酒を入れた樽のことを「柳樽」という。樽の材質は杉材であった。
柳は永享年間から永正年間(1429~1521)にかけて、生産が最盛期であった。戦国時代には、全国にその名が知れ渡り、酒そのものを柳と称するようになった。四百年後の今日も、結納の品の一つで、大変おめでたい酒である。

謙信の辞世の詩が「四十九年一睡夢一期栄華一盃酒(※49年のわが生涯は、振り返ってみれば一睡の夢であった。この世の栄華は、一杯の美味しいお酒に等しい。)」であった。辞世の句に酒を歌うなど、謙信がどれほど酒を愛していたかがうかがえる。

謙信は、1578年(天正6)3月春日山城内の厠で、脳出血で倒れた。その夜は雨が降って、肌寒かったといわれる。肴が塩気の強い梅干しばかりの大酒と、激しやすい性格によって高血圧であったが、寒さで血管が収縮し、血圧が急激に上がったのではないかと思われる。
されに、仏教の戒律を厳しく守っていた謙信は肉を一切食べなかったことから、血管がもろくなっていたと思われる。
これに先立つ1570年(元亀元)関東遠征の際、謙信は一度脳出血を起こしており、この後遺症で左足を軽く引きずっていたという。それでも好きな酒を断つことができなかったのは、謙信も人の子であったということか。




☆ 柳酒 ☆

平安時代の末期には、一般市民も自家製の酒を造って呑んでいましたが、鎌倉時代に なると、幕府はこうした自家製の酒を禁止し特定の業者に許可を与えました。室町時代 になると、京都を中心に三百以上の業者ができましたが、京都五条坊門西洞院にあった 酒屋は、門前に柳の木がかかったことから自分のところで造った酒に「柳酒」という名 前をつけて販売しました。
鎌倉時代末期から室町初期にかけて「柳酒」は一世を風靡しました。ところが室町中 期になると、さしも名高かった柳酒にかげりが見えて来ました。「柳酒は甘すぎる」と いう声が出始めたのです。
婚礼の祝儀に使われる柳樽は、縁起をかついで家内喜多留と書かれます。角(つの)の ようになった取っ手のある柳樽の語源は、よくふやけて漏ることのない柳の木で樽を作 ったからだという説と、京の柳酒屋がこの樽で酒を売ったからという説と二つあるよう です。


☆ 川渡餅(かわたりもち) ☆

上越市を中心とする上越地方で縁起物として食べられる餅菓子で、つきたての餅を甘い小豆餡で包む、いわゆる「あんころ餅」。上越地方には、川渡餅を11月30日夜半から12月1日明け方にかけて食べると厄除けができるとする伝承がある。永禄4年(1561年)の川中島の戦いの際、上杉謙信が開戦に先立って士卒に餅を振る舞い士気を鼓舞したとされる。


☆ 笹だんご ☆

笹団子は、上杉軍が兵糧食として携帯していたといわれている。これを考案したのが、上杉謙信といわれる。(一説では「上杉四天王の一人」とも称される重臣・宇佐美定満が発明し、これを謙信がもちいたものだという説もある。)


☆ 笹寿司 ☆

上杉謙信が春日山城から木島平村のお隣、飯山市の富倉街道を通って川中島の合戦に出陣した際に、富倉地区の村人たちが笹の葉の上にご飯とおかずを一緒にのせて献上したのが笹寿司の始まりといわれている。


☆「カラムシ」入りかまぼこ ☆

2020年(令和2)11月7日、上杉謙信が栽培を奨励し、財政基盤を築いたとされる植物「カラムシ」を使ったかまぼこが発売された。カラムシはイラクサ科の多年生植物。カラムシから取り出した繊維「青苧」は戦国時代には上杉謙信の財源を支えたと言われている。














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