本のメモ
マイケル・J・FOX『ラッキー・マン』
村上春樹『バースデイ・ブック』
レッシグ『コモンズ』
向田和子『向田邦子の青春』
レベッカ・ブラウン『私たちがやったこと』
読む前に買う必要がある。
マイケル・J・FOX『ラッキー・マン』
村上春樹『バースデイ・ブック』
レッシグ『コモンズ』
向田和子『向田邦子の青春』
レベッカ・ブラウン『私たちがやったこと』
読む前に買う必要がある。
なんだか解せない。絵がジェフリー・フルビマーリてのも全然子供向けのイメージがないし、江國香織が翻訳てのも、あざとくてヤだ。そのわりに宣伝もしてないし。全然売れなさそう。
ていうか邦題は『イングリッシュ・ローズ』でいいやん。
ろーずぃず、言いにくい。
日本語の名詞は複数も意味するんだから。
それを言うなら『ファインディング・ニモ』も『ニモを探して』にするべきだ。子供向けのはずなのに?
最近、映画でいい邦題ってないですね。
電子辞書が普及し、今や高校でも電子辞書を推薦することもあるらしい。
紙の辞書で勉強した世代にはなんとも寂しい話ですが、出版業界がいくらキャンペーンを行っても、紙の辞書の有効性を掲げないことには意味がない。
学生だって身軽なほうが嬉しい。
だって重くて大変だったもん。2冊とか3冊をか持っていた時期もあったし。
工エエェェ(´д`)ェェエエ工工
出版業界が不況だからの話題作りにしか見えない。
それにしても金原ひとみって誰?
最年少なだけか。平野啓一郎の時のような衝撃もなく。
もはや文学賞に意味は無くなった! いやもう、すでに無かったのか。
何を書いたかではなく、誰が書いたかで決めるのか。
それに対して直木賞に江国と京極ってのは「今ごろ?」って感じですね。
なんだか絶望的なタイトルは、名作『くまのプーさん』の作者A.A.ミルンの自伝。
大御所・石井桃子による新訳。
読まずにはいられない焦燥感を書き立てるのは訳者の腕なのか。
おそらく原題も同じ意味なのだと思うけど。
ミルンはケンブリッジ大まで出て、数学の道を捨ててまで作家になりたかったのに、彼の目指す路線は世間に受け入れられず、息子のために書かれた児童書だけが認められ、歯がゆい思いをしたとかいうエピソードはかつて聞いたことがあって、おそらくそういうことが書かれているのであると思われる。
あー読みたいなあと思ったら、岩波書店で3,600円。たっかーい。
本に三千円以上出して買うのって勇気いりますね。
そしてなぜかこれを知ったのは20代前半OL向けファッション誌『ef』の本レビューコーナー。
誰が買うんだろう。わたしが買うかもしれない。
もう熱が出そうなくらいにショック。
東京、神奈川に7店舗をもち、芸術、文化関係の出版物などに重点を置いた個性的な品ぞろえで知られる書店「青山ブックセンター」(本店・東京都渋谷区)が、16日限りで営業を中止した。取引先の出版取次会社の栗田出版販売がこの日、東京地裁に同書店のグループ3社の破産申し立てをしたため、営業の継続を断念したとみられる。本店にはこの日、16日限りでの閉店を告げる張り紙が張られた。また、知らせを受けた取引先の関係者が駆けつけるなどあわただしい雰囲気に包まれた。
青山ブックセンターは、デザイン、美術などに力を入れた個性派書店で、おしゃれな店づくりでも定評があった。マスコミ関係者やデザイナーらが足を運ぶ六本木店では翌朝5時半まで営業するなど、書店の深夜営業の先駆けともなった。当初は六本木、広尾の2店だけだったが、90年代から新宿や自由が丘などに相次いで出店した。
。・゚・(ノД`)・゚・。
なんか身内を亡くしてしまったような感覚。
スレを見て現実なんだとだんだん実感してきた。
こだわりのある品揃えをする本屋が生き残れないという、この世の中が悲しい。
「そういえばあんまり青ブクで本を買ってなかった」というBlogの文章がやたらに多いんだけれども、わたしは年間ウン万円を消費したと自負するので、遠慮なくこの閉店を惜しみます。
フィリピンから帰ってきたら、青山ブックセンターがつぶれていた。六本木や青山に行けば必ず立ち寄り、何万円単位で買い物をしていたところだったのに。
いま、東京の本屋の大半は、まあこういう品ぞろえでこんな感じの本があるだろう、と予想がつく。多少はなじみの分野、ある程度フォローしている分野だと、もう最近の目玉と大まかな傾向がほとんどわかってしまうし、本屋の棚をあえて眺める理由がない。オンライン書店で家まで送ってもらえばすむ話だ。
でも、何があるか予想がつかない本屋が少しは残っていた。一つは古本屋。そして新刊書店では、この青山ブックセンターをはじめとする少数の本屋だった。実際に足を運ぶ価値のある本屋だ。
青山ブックセンターの得意としていた美術系の写真集や画集なんかは、実物を見ないと、買う価値があるかわからない(オンラインで何度失敗したことか)。それ以外の棚でも、知らない本、意外な本を教えてくれ、勉強になる棚を作ってくれているのが青山ブックセンターだった。ぼくの物書きとしての売りの半分くらいは、変なものを発掘し、関係なさそうなトピックをつなげる能力にあるのだけれど、ネタに詰まったときに六本木の青山ブックセンターに何度助けられたことか。
そしてそれは、六本木という街の魅力の一つにもなっていた。現代の大都市では、デパートがかつての博物館の機能を果たしている、という指摘がある。デパートがもう物販の場ではなく、ある種の文化的な展示の場になっている、という意味だ。青山ブックセンターも、そういう機能を果たしていた。本を通じて都市が元来持つ、文化の展示機能を担っていた。それは(閉店からもわかる通り)それだけじゃ商売としては成立しない。でも、それがないと、こんどは街が街として成立しなくなる。
いま東京はしばらく前からの大規模開発ブームがまだ続いていて、その中で文化的なムードによる集客を通じたビジネスの可能性も考えられている。が、それが必ずしも十分に成功しているとは思えない。その一方ではこうした青山ブックセンターみたいな文化を直接扱うビジネスが成立しなくなってきている。本屋以外でも。このまま行くと、どっちつかずのジリ貧だ。
実は一つの可能性だが、本や文字の文化機能はすでにその歴史的役割を終え、消えゆく運命なのかもしれない。
ぼくたちがいま目にしているのはその歴史的なトレンドでしかないのかもしれない。本屋なんかさっさと見捨てて、新しい文化形態を探すべきかもしれない。が、これは話がでかくなるのでここでは触れない。短期的には、ムードを利用したいだけでも、どこかで文化自体の育成に金を出さなきゃいけない、というだけの話だが、その具体的な手段もよくわからない。
青山ブックセンターをはじめとする文化機能を失ったあとの街がどう延命するか、というのがその方向性を物語ることにはなるのだろうけれど。すでに撤収を終えて空っぽになった店舗の跡を眺めながら、ぼくにはまだその方向が見えずにいるのだ。
山形浩生の本って、殆どABCで買っていた。数年前、立て続けに出版された時期があって、その頃ちょうど六本木店によく行っていた。ABCはどの店舗でも、山形氏の新刊が出れば、よい場所に平積みされていたんだと思う。
ABCがなかったら、山形氏の本を買う機会もなかったかもしれないよ。
青山ブックセンター、民事再生法申請へ書店チェーンの青山ブックセンター(東京・渋谷、磯貝栄治社長)は民事再生法の適用を申請する方針を固めた。同社を巡っては債権者が東京地裁に破産を申し立てており、破産宣告を回避するため民事再生法による再建の道をさぐる。現在営業を停止している店舗のうち東京・青山の本店や同・六本木の主力店などの営業を再開したいとしている。
8月2日までに申請後、再生計画を裁判所に提出する。同社は今月16日、債権者である出版取次の栗田出版販売(東京・板橋、亀川正猷社長)から破産の申し立てを受け、全7店舗が営業中止に追い込まれていた。
復活の兆しか。頑張っておくれ。
新宿ルミネの店舗はブックファーストに持っていかれました。もうあの場所は帰ってこない。さすがにテナント料がすごく高いらしいのでABCが入っていた時は、いくら売上があっても赤字だったそうです。
それに比べて、老朽化したビル内にある六本木店の方が規模が小さくてもまだ利益があったとか。
六本木店と青山店のシャッターが再び開く日は来るのか。
六本木、青山、自由が丘、広尾の各店舗は復活の見込みあり。
洋書取り次ぎ最大手の日本洋書販売(洋販、東京・港、賀川洋社長)は2日、民事再生法の適用を申請した書店チェーンの青山ブックセンター(東京・渋谷、磯貝栄治社長)の支援に乗り出すと発表した。賀川社長は同日、青山ブックセンターの発行済み株式の約8割を取得し、経営権を握る方針も明らかにした。
青山ブックセンターは債権者で書籍取り次ぎの栗田出版販売(東京・板橋、亀川正猷社長)から7月中旬、破産を申し立てられた。破産宣告回避のため7月 30日に東京地裁に民事再生法の適用を申請し、受理された。洋販によると、青山ブックセンターは8―9月をメドに営業を再開する。既に洋販は人件費やテナント料などの運転資金を投入。営業を停止した7店舗のうち、4店を営業再開したい考えだ。株式の取得は、青山ブックセンターの資産価値を確定し、債権者の同意が得られた後に実施する。取得額や引き継ぐ社員数などについては今後詰める。洋販は株式取得後に経営陣を派遣する。