続・信仰の自由

平成15年04月14日

 私は特殊な地域に住んでいます。道をはさんで二つの姓が住み分けているのです。たまたま人づてに土地を得て家を建てて見ると、周囲は同じ姓の人々に囲まれていました。いえ、正確に言えば、同じ姓の人々の集落に突然私が移り住んだのです。

 さて、神社信仰についてです。

 お灯明当番というものがあります。

 大きな神社の氏子のエリアが、区という行政単位と重なっていて、神社の鳥居脇の大灯篭に灯を入れる役割が、区に住む全ての世帯を輪番で回ります。表裏に世帯主の名前をびっしりと書き込んだ巨大な一枚板が隣家から回ってくると、その晩は二つの灯篭に蝋燭を立て、板を次の世帯に回さねばなりません。これを宗教行事と位置付ければ、信仰の有無にかかわらず輪番で回ることそのものに疑義がありますが、ある日、回ってきた板を見て言葉を失いました。私の名前が鋭い金属で二本線を引き、抹消してあるのです。私だけではありません。他にも数名、同様の方法で傷つけられた世帯の共通点は、別の地域から越して来た、いわゆる「よそ者」でした。恐らくは昔からこの地に住んでいる心無い住民の一人が、お前たちはこの集落の仲間ではないぞ…という意思表示をしたのでしょう。地域の代表に再三改善を求めましたが一向に修復されないまま、傷は古びて目立たなくなりましたが、事件はこの国の旧い信仰の形を鮮やかに見せ付けてくれました。地縁血縁と言いますが、神社信仰は、氏子という呼称のとおり、初めは同じ氏、つまり姓を同じくする血縁者たちの結束の証だったのです。それが、人の移動交流によって血縁よりも地縁を単位とするようになり、そこに住めば氏子として神社を維持する構成員の一人に加えられる慣習ができました。神域をひたすら清らかに保ち、五穀豊穣の祈りと禊ぎ祓いの儀式があるのみで、戒律や教義の無い神社信仰は、信仰というよりは結束の証であるからこそ、行事への不参加が顰蹙の的になるのです。やがて祭りを観光資源と位置付けて行政が保護支援するようになると、結束の証としての性格すら薄れ去りました。「よそ者」に対して心無い仕打ちをさせたのは、旧い血縁の時代の郷愁だったのかも知れません。