心の栄養

平成15年01月21日

 ブームとは、人々が一時的に何かに夢中になる現象を言うのだとしたら、健康ブームはすっかり定着し、この国の知的な国民層の生活スタイルになってしまった観があります。意識の高い人々は、みんなせっせとジョギングをし、スウィミングに通い、無農薬野菜を食べ、ミネラルウォーターを飲み、体重をコントロールし、環境を汚さないように配慮しながら暮らしています。健康は人生の目的ではありませんが、あらゆる幸福の基盤であることについて、国民レベルで自覚が深まっているのです。

 では、心の健康はどうなっているでしょうか。

 身体の栄養は食べ物ですが、心の栄養は情報です。しかも情報は私たちの目や耳から入り、そのまま脳に達するという意味で、食物より遥かに直接的です。本、映画、絵画、テレビ、音楽、会話・・・。身体にいい食べ物と悪い食べ物があるように、心にもいい情報と悪い情報があるように思います。読めば人生に絶望し、勇気が持てなくなるような内容の本は心に悪い読み物でしょう。聞けばとげとげしい気持ちになって、世の中に敵意を抱いてしまうような音楽は心に悪い音楽でしょう。人間の醜さをことさら暴きたてるニュースも、劣情ばかりをかきたてる番組も、誹謗中傷に終始する日常会話も、観る者を不愉快な気分にさせる絵画も、落ち着かない雰囲気の家具調度も、耳をふさぎたくなるような爆音も、どれもこれも心を蝕む不健康な刺激と言わなくてはなりません。どうせ一日を過ごすのであれば、美しい音楽を聴き、感動的な映画を見、楽しいニュースだけ耳にし、不愉快な会話を避けて、心うるわしくいられたらどんなに健康的でしょう。

 ところが、水清くして魚棲まずという諺があるように、幼い頃から好ましくない刺激を排除して成長した人間が、深い人格を形成するとは思えないのはなぜでしょう。いいことずくめで育てば、浅薄なお人よしができあがるような気がするのはなぜでしょう。いくら健康食品ばかり食べていても、世の中にはバイ菌もいればウィルスもいます。体内には増えすぎれば有害な細菌がバランスよく棲息しているように、いい情報と悪い情報がバランスよく存在して、私たちの魂は耕されるものなのかも知れません。