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末端の官僚組織
平成16年05月29日
既に時効が成立している事件でしょうから、かつて私がケースワーカーとして勤務していた公立病院における、非常ににがにがしい出来事を告白します。
季節は冬…。私のもとへ、年配の男性の声で一本の電話が入りました。
「私、園芸ボランティアの会の者ですが、外来の待合スペースに飾ってある鉢植えの観葉植物が、痩せて今にも枯れそうです。恐らく日照と手入れが悪いせいでしょう。あれでは患者さんたちの元気が出ません。許してもらえれば、我々が世話をしたいと思っています。土を換えて肥料をやる作業ですが、あれぐらいの数なら三人来れば一日で終わるでしょう」
「それはありがとうございます。係からお返事をさせたいと思いますので連絡先をお教えください」
私は電話番号を控えて総務課へ出向きました。ざっと事情を説明し、
「で、あの観葉植物はこちらの管理ですか?」
「さあ…」
管財係ではなさそうです。
「管財係でないとすれば、こちらでしょうか?」
「…」
用度係でもありません。もちろん経理係でもなく、庶務係でもないと言われて私は途方にくれました。病院の建物の中に配置されている観葉植物の管理が総務課のどの係にも属さないというのです。
「いったい誰が責任を持っているのですか?」
私の声がわずかに怒気を帯びると、
「あれは確か患者が寄付したもので、清掃会社の職員が世話をしているんじゃなかったかなあ」
古い事情に詳しい管財係長が思い出したように言いました。
「それじゃ、病院の建物内の観葉植物が病院ではなく清掃会社の管理下にあるということですね?清掃会社に返事をさせますよ?」
「ちょっと待ちたまえ渡辺くん。あ、庶務係長もこちらへ」
一連のやりとりを聞いていた総務課長が庶務係長に向かって思いがけないことを言いました。
「あの観葉植物な…全部処分してくれるか?」
「処分…と言いますと?」
「あんなものがあるからこういうことが起きる。処分したあとは造花でも置いてくれ」
組織という意思決定システムにあって、総務課長の言葉は命令でした。
「ボランティアへの返事は?」
「放っておこう」
いいね、と念を押して、もうこの話題は済んだと言わんばかりに総務課長は別の書類に目を落としました。
私も庶務係長も黙って引き下がるしかありませんでした。
総務課に属さない私の仕事は組織の中では終了しましたが、ことの顛末に対する関心は終わりませんでした。それ以来、通る度に外来棟の観葉植物を気にしていましたが、一向に処分されないまま月日が流れて行きます。
「おい、課長から催促されないのか?」
ある機会に庶務係長に尋ねると、
「二度、三度どうなってると聞かれたけど、処分するのもどうかと思うから、適当に返事してうっちゃってるよ。課長、今度は異動だろ」
処分するわけでもなく、世話をするわけでもなく、誰も責任を取らないまま職員が異動する…。全国で立ち枯れたたくさんのグリーンピアのニュースを聞いて、私はなぜかあの時の痩せた観葉植物を思い出したのでした。
終