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男らしさ
平成16年07月05日
仲間でマイクロバスを借りて山梨県まで一泊の研修旅行に出かけた時のことです。
運転を引き受けてくれたのは私と同じ郡上八幡出身で、おれの最終学歴は自動車学校だなどと豪語する愉快な男なのですが、ハンドルを握ったままで盛んにタバコを吸うのです。その煙が後ろの私たちの座席へ流れて来るのがふと気になったのでしょう。
「煙、来ますか?」
と聞きました。
しかし、
「これ吸ったらやめますから」
という返事を期待した私たちの耳に、信じられないような大声が飛び込んできました。
「悪いですね、我慢してくださいよ!」
あまりに思いがけない非常識な言葉を明るく返されると、爽やかな印象が残るものだということを、私はその時初めて体験しました。
「男らしい!」
思わず発した私の感嘆が全員の爆笑を誘いましたが、それ以来、男らしい!という掛け声が彼の褒め殺しの言葉になりました。
周囲の意見を聞かないで彼が独断でものごとを決めようとする時は、
「男らしい!」
と褒めれば、照れ臭そうに勢いをなくします。
彼がふざけて人の嫌がる行為を敢えてしようとする時も、
「男らしい!」
とはやし立てれば、攻守は逆転するのです。
そうは言いながら、みんな彼の「男らしさ」を愛しているような気配があります。人間関係が損なわれるのを恐れるあまり、互いに率直なもの言いを避けて、遠回しな会話に腐心する暮らしぶりに辟易している私たちは、時に無神経とも思える彼の独善や独断に、賛否とは別の解りやすさを感じているのではないでしょうか。解りやすさは爽やかさに通じています。してみると、男らしさは爽やかさでもあるのです。
男女共同参画の理念に照らせば、これを男らしいと称することにも当然異論が想定されますが、そんなことには頓着しないで、解りやすい無神経ぶりを「男らしさ」と断じるところに、これまたある種の理不尽な男らしさを感じてしまいます。
そういう意味では、安城市の公民館は男らしさの巣窟でした。講師の控え室に集まった自治会の役員たち八人のうち七人までがタバコを吸うのです。広くもない部屋で七本のタバコが一斉に煙りになれば、喘息の私ならずとも、タヌキもたまらず燻し出される勢いです。すごい煙ですね…とそれとなく牽制しては見ましたが、男らしさには共通の反応パターンがあるようです。
「我々も税金を払うのに協力せんとのう!」
という反応は、
「悪いですね、我慢してくださいよ!」
という前述の彼の答えに似ています。
ロビーに出ると、そこでも一人、盛んに煙を吐き出してせっせと税金を納めていました。
男らしさも、解りやすさだけを残して、無神経さの方を削ぎ落とせば、爽やかな紳士ができあがるのだと思います。一方で、喘息ですから吸わないで下さいと言えない解りにくさを抱えた私は、男らしさとは無縁の人間であることを確認したのでした。
終