新婚夫婦たちの会話から国家が見えた

平成16年07月23日

「新居、見つかったんだって?」

「どちらの通勤にも便利なところなんだけど、七万円だよ、一か月。そんなにするとは思わなかった」

「そんなもんだよ今どきどこだって」

「それだけ支払ったら、とても一人だけの給料じゃ生活できないなあ。車の維持費も要る。カミさんと共働きだから何とかなるし、少しは貯金もできるけどね」

「問題は子供ができた時よね」

「育児休業が取れるんだろ?一年間」

「申し入れると上司から会社辞めたらどうだって嫌味言われるらしいわよ、それとなく」

「おい、それって法律違反だろ?」

「だから、それとなくだわよ。先輩が言ってた。肩身が狭かったって」

「確かに会社も困るよな、五年も勤めた従業員に一年間も休まれたらダメージは大きい」

「穴埋めに臨時職員を雇ったからって、すぐに一人前にはならないし、復職したら今度は臨時職員を辞めさせなければならないし」

「だから会社は女性を雇いたくないのよね。辞められても休まれでも会社にとっては迷惑な存在だから。採用しても、どうでもいいポストに固定する」

「男女雇用機会均等法は、そういう差別を禁止したのよね」

「ところが会社は募集には男女の差別を設けない代わり、なんだかだと理由をつけて結局は男を採用する。まあ、おれが経営者でもそうするけどね」

「ちょっと待ってよ、何で会社の立場でものを考えるわけ?私たち従業員なのよ」

「日本人って、そういうところあるよね。労使協調っつうか、対立を嫌うっつうか。だから労働組合も機能しない」

「和の国だからな」

「ところで育児休業は、妻とダブらなきゃ夫も取れるんだろ?」

「取れるけど、乳児の世話はどうしたって授乳能力のある母親が中心になるわよ」

「冷蔵庫に保管した母乳を父親が飲ませるって話しを聞いたことがあるぞ」

「わが子をそんなふうにして育てたくないわ」

「まあな、おっぱい飲みながら子供は初めて人間に対する信頼という感情を経験するって言うもんな。授乳は母親がやさしく抱いて、話しかけながらすべきだ。しかし、その一年さえ乗り切ればあとは保育所に預ければいいんだよなあ」

「これが空いてないのよ、なかなか」

「待機児童ってやつだな。そう言えば延長保育だの未満児保育だのって保育のパターンは増えてるらしいけど、保育所は増えないで統合されてるもんな」

「ベビーシッター頼むって手はどうなんだ?アメリカなんかでよくあるじゃない」

「発達の一番大切な時期を、実の両親よりもその人と長く一緒にいてもろに影響を受けることになるのよ。犬やネコじゃないんだから、よほど保育の感性が合ってないとねえ…」

「そういう意味じゃ保育所も同じだよな、出産したことさえない若い保育士が職業として複数の子供をみるんだろ?心配なもんだ」

「でしょ?結婚して住むところも決まったけど、色々考えると子供をつくるの迷っちゃう」

「いっそ親と同居して孫の世話をしてもらったら?みんな本当はそうやって乗り切ってるんでしょ?」

「同居は嫌よ。結婚の条件だったの。それにアパートは田舎の両親が同居できる広さじゃないし、両親には両親の生活があるわ」

「一才のうちはまだ楽だけど、歩くようになると大変なんだよね、何でも口に入れて目が話せないし、病気もするしね」

「そうしているうちに、二人目ができたりするんだ」

「やめてよ、ぞっとするわ。子供は一人でたくさん。一人だって迷うくらいよ。育ててみたって子供が親の面倒見る時代じゃないし、いじめだ、引きこもりだ、虐待だって、何かと心配だし…」

「二人で暮らしながら一人の給料を三年分くらい蓄えてから子供をつくり、母親が会社辞めて三歳まではたっぷりと家でみるってのが賢明かなあ…。あとは保育所に預けてパートにでも出る」

「それが今までのパターンよ。妻のパート収入が一定の金額を越えなきゃ、医療保険は扶養に入れるし、給料には扶養手当がつくし、税金は扶養控除があるし、基礎年金だって掛けたことになる。専業主婦はどんなに能力があっても夫の扶養から抜けないようにわざわざ収入を抑えてパート就労に甘んじてたのよ」

「だけど国家の事情が変わってきたんだ」

「少子化で労働者の数が不足するのは目に見えてる。年金もこのままじゃ世代間扶養の仕組みが維持できない。増え続ける高齢者の医療費や介護の費用も大変だ」

「人件費の安いアジアの国々が力をつけてるから、これまでのように中高年に家族全員を養えるほど高い給料払えないしね」

「そう言えば、リストラされるのは給料の高い中高年だよなあ」

「それらが生きる希望を失って自殺者が三万人を越えてるんだろ?」

「わかった!」

「何だよ急に」

「だから男女共同参画なんだよ」

「?」

「わが国の労働人口不足を補うには、女性に働いてもらうしかないんだ」

「そっかあ!国家の経済も財政も、女性に働いてもらって税金や保険料を納めてもらうしか維持する方法がないもんな」

「なるほど!男女雇用機会均等法も男女共同参画社会基本法も育児介護休業法も根っこはつながってるんだ」

「私、純粋に差別をなくす運動かと思ってた」

「そう言えば、年金は一元化して個人単位にする方向に進んでるし、配偶者特別控除が廃止されたり、離婚した妻には夫の厚生年金の半分の権利が認められるって話しもなかった?」

「夫が稼いで妻が家を守るという構造が着実に変化してるのよ」

「構造改革っていうもんな」

「だからエンゼルプランかあ!」

「ゴールドプランもあるぞ」

「年よりと子供は社会で看るから女性も労働者として社会を担って下さいってか?」

「私はそんなの嫌だなあ。子供が学校から帰ったら、ちゃんと家にいてやりたい。怪我したり病気したら側にいてやりたい。私はそうやって育ったもの」

「それは自分で選べばいいんじゃない」

「だって、一人の給料じゃ生活ができないんでしょ?」

「一般庶民はね」

「ああ、嫌だ嫌だ、子供なんていらない。いても一人でたくさんよ」

「それじゃ益々少子化が進む」

「ふりだしだな…」

「ふりだしよね…」

「しかし、食べものを自給できない国は、経済がおかしくなったら終りだからなあ…」

「暮らしの形より国家の経済が優先するってわけか…」

「経済が優先しなかった時代なんてある?」

「…」

「…」