プラットホーム

平成17年05月28日(土)

 鶴舞駅での出来事です。

 短いスカートを履いた女子高生が三人、小さなCDプレーヤーを囲んでプラットホームにアグラをかき、「パラパラ」と言うのでしょうか、大変テンポのいいリズムの音楽に合わせて上半身だけで踊っていました。髪を染め眉を描き制服の胸元をしどけなく崩して、三人のうちの一人はくちゃくちゃとガムを噛んでいました。両腕を高く上げる度に丈の短い上着の下から素肌の腹部があらわになり、目のやり場に困った周囲の人々はことさら視線を逸らせて、あるいは本を読み、あるいはあらぬ方向をにらみながら、表情に苦々しさを隠しきれません。睥睨(へいげい)という言葉がありますが、女子高生はそんな人々の困惑をあざ笑うように、ときに昂然と顎を上げて、長い睫毛に縁取られた人工的な目で不敵に周囲を眺め回します。その度に、すぐ近くのベンチで新聞を読む紳士の肩がわずかに上がり、線路を見つめる女性の顔の向きが微妙に変わります。みんな関心のないふりをしながら意識しているのです。

「君たち…」

 と、注意した場合のやりとりを想像してみました。

「迷惑だからやめたらどうかなあ。ここは列車を待つところだからね」

「何言ってんの?こいつ」

 三人は顔を見合わせて笑い、一人が音楽のボリュームを上げると、踊りが激しさを増します。

「さあ、やめなよ。迷惑だからさ」

「迷惑?座って音楽聞いてるだけじゃん」

「みんなの駅だよ。第一、通行の邪魔だろう」

「通れるじゃん。あんた、通りたければ通れば?通してやるよ、ほら」

「私が通りたい訳じゃない。みんな迷惑してるのが解らないのか」

「だったら迷惑してる人が言えばいいだろ?先公でもポリでもないし、通らないんだったら、おじさん、関係ないじゃん」

「みんな君たちが踊るのを見たくないんだよ。見苦しいとは思わんのかね」

「おとなってさあ、何かっつうとみんなみんなって言うけどさあ、聞いたわけ?みんなに。ウチら的に言うと、おじさんの顔の方がよっぽど見苦しいわけ。悪いけどあっち行ってくんない?」

「何!君たちはどこの学校だ」

 と気色ばんだところへ男子高校生が数人通りかかります。急に勢いづいた三人は、

「ねえ、このおじさんインネンつけて来てさあ、ウザいのよね。何とかしてくんない?」

「文句あんのかよ、おっさん、ん?」

 グレーのズボンを腰骨まで下ろして眉をそり落とした醜悪な顔の男子学生に取り囲まれて私は胸ぐらをつかまれますが、その時には既にみぞおちに膝が入り、したたかに足を踏まれています。

(いかん、いかん…。注意しておとなしく従うようなやつは、初めからこんなところで踊ったりしない。関わらない方がいい)

 夢から覚めたように全く別のことを考えようとするのですが、小説を書く人間の悲しい習性が勝手に次の場面を想像してしまいます。

 プラットホームにうずくまる私を見てベンチで新聞を読んでいた男性が姿を消し、入れ替わりに二人の警察官が駆けつけます。逃げ場のないプラットホームで、学生たちは一網打尽です。

「何すんだよ!放せよ!」

「悪いのはこのおっさんだろ!」

 口々にわめき散らす学生たちを交番に連行しながら、

「あ、事情をお聞きしたいので、お手数ですが…」

 警察官は当然のように私に同行を求めます。その口調に抗えない権力を感じて、私はそれから先の予定を携帯電話で変更し、交番で一連の調書を作成し終えたところへ、高校生の保護者の一人が連絡を受けてやって来ます。

「沙織!あんた、何てことしてくれたのよ!お母さん、恥ずかしい。お父さんに何と言ったらいいの!」

 わざわざ着替えて来たと思われる外出着姿の若い母親が泣いて取り乱すと、例のガムを噛んでいた女子高生が立ち上がり、

「るっせえんだよ、ババア!こんな時ぐらいちゃんと自分の気持で怒ってみろよ。おめえみてえな母親持って、こっちが恥ずかしいっつうの!」

 凄い目で睨みつけます。

 ギリギリのところでバランスを保っていた母と子の関係はこうして修復不可能な亀裂を生じ、間もなく娘は家出をしてしまいます。あとはお定まりの売春、覚せい剤、風俗嬢…。

(いかん、いかん。プラットホームで踊る程度のことは思春期の逸脱行為として暖かく見守った方がいい。火に油を注げば取り返しのつかない火事になる)

 またしても夢から覚めた私の目の前に到着した銀色の快速電車が、高校生もろともプラットホームの人間を一掃して走り去りました。うっかり乗り遅れた私は、どういう訳か、世の中の流れから取り残されたような空しい気分になって、さっきまで紳士が新聞を読んでいたベンチに力なく腰を下ろしたのでした。