病院こぼれ話し

平成17年07月18日(月)

 病院というところは病を抱えた気の毒な人ばかりが集まるのですから、本質的には深刻な場所なのですが、だからこそ、ことさら明るい話題を求めるのでしょうか、私が勤務していた時代だけでも、オフレコの面白い話がたくさんささやかれていました。

 内科では風邪の症状を訴えてやって来たお爺ちゃんが診察中に、

「それじゃ、舌を出してみましょうか」

 と言われて、やにわに立ち上がり、ベルトをほどいてズボンを下げたという話がありました。舌ではなく、下を出そうとしたのです。

「これは座薬ですから気をつけて」

 と言われた患者さんが、座って飲んだという話もありました。

 整形外科では腰の痛いお爺ちゃんに看護師が、

「どうぞ、ベッドに横になってください」

 と言ったら、お爺ちゃんは苦労してベッドに横になってすましています。

「あの…普通に寝てくれませんか」

 と言うと、お爺ちゃんはしばらく考えて、

「ああ、縦になるんですか」

 と答えたというのですが、解りますか?

 膝の痛いお爺ちゃんはベッドに横にならなくても診察できますから、

「どうぞかけて下さい」

 と言うと、狭い診察室を駆けたという話もありました。

 別の病院に長くかかっていても症状の改善しない女性の患者さんが、本来の主治医には内緒で整形外科を受診しましたが、

「今までどこで治療を受けましたか?」

 と聞かれて嘘はつけず、正直に答えると、次回は紹介状と写真を持って来るよう指示されたその次回。

「あの…」

 紹介状を差し出した女性はもじもじと言いよどみ、

「写真はこんなのしかありませんでした」

 バッグから随分と若い頃の顔写真を取り出したと言います。

 脳外科の先生は大変行儀の悪い先生で、足を組み、椅子にのけぞるような姿勢で診察をするのですが、めまいを訴えて受診した患者さんの手の震えを見るために、

「こうやってごらん」

 両手を前に差し出してお手本を示すと、患者さんは同じように足を組み、のけぞって手を出しました。

 手術にはベテランの医師が経験の浅い医師と組んで指導に当たりますが、患者さんの足を開かせてほしかったベテラン医師が、

「先生、足を開いててくれますか」

 と指示すると、若い医師は緊張した表情で自分の足を開きました。

 新しい入院患者さんに、

「おしっこはためといてくださいね」

 と指示すると、蓄尿瓶だとは思わない患者さんからナースコールがあって、

「これ以上はためられません」

 苦しそうな声だったそうです。

 胃カメラを飲む患者さんに、朝ご飯を食べないように指示すると、パンを食べて来る人が必ずいます。絶食で臨んでも胃の中には泡がたくさんあって撮影を妨げますから、胃カメラの患者さんには泡を抑える少量の薬液を飲ませ、

「飲んだら三回転して下さい」

 と指示するのですが、ある時患者さんがベッドの端に立ち上がり、でんぐり返しをしました。びっくりした看護師に、

「三回転は難しい」

 患者さんは真剣な顔でそう言ったそうです。

 廊下で道に迷っているお婆さんに、

「どうしましたか?」

 と声をかけると、

「キューリ…キューリ…キューリステションに来るように言われたのですが」

 ナースステーションのことでした。

 便秘と下痢を繰り返し、家庭の医学で勝手に大腸がんと診断した女性が診察を受けました。便を持ってくるように言われた三日前に持っていけるような固形物がでたのですが、三日間は微妙です。取っておくには長すぎます。しかし便秘と下痢を繰り返しているのですから流してしまうと次にいつ出るか不安です。そこで彼女はそれをラップで包みました。冷凍庫に入れました。そして、家を出る時に電子レンジでチンをしたと言うのです。

 病院は不安と緊張の坩堝です。人間は不安や緊張があると平常心ではいられないものですから、病院にはまだまだたくさんのこぼれ話があるでしょう。しかし、病む人が繰り広げる滑稽な失敗談は、自分自身の運命も重ねて、どこかに哀しい響きが残るような気がします。