舎弟分

平成17年12月20日(火)

 名古屋に越して初めて運転免許証の更新手続きに出かけて来ました。

 出がけにテレビで見た本日の運勢では、十二月生まれの人は人込みを避けた方がいいと言っていましたが、教習所には十二月生まれの者ばかりが列を成して人込みを形成していました。

 検眼を済ませ写真を撮って、待合室の長椅子で講習を待つ間、所在無い受講生たちのためにつけてあるテレビでは、乳癌検診の番組が放映されていました。口髭に皮ジャン姿の強面の男性や、金属の鋲の並ぶ太いベルトを腰骨辺りで締めたジーンズの若者が、乳癌の早期発見の有効性を訴える番組に、じいっと視線を送っている様子は異様でした。

 講習の対象ということは、私を含めた全員が違反ドライバーです。赤い旗を持った警察官が誘導するマイクロバスの中で、

「随分出てましたよ、スピード…」

 などと言われて指紋を押した経験者ばかりなのだと思うと、不思議な親近感がありました。

 講習の時間になって、私たちは係員を先頭に階段を上り、所定の部屋にぞろぞろと移動しましたが、中にひときわ目立つ男性の二人連れがいました。一人は黒いシャツの上に黒いスーツを着込み、ワイン色のネクタイを締めています。一人は派手なタートルネックのセーターに紺色のブレザーを羽織り、白のパンツの後ろポケットから茶色の財布を覗かせています。二人とも太い首の上は刈り上げの短いヘアスタイルで、軽く左右に小石を蹴るような歩き方をする点で共通していました。近づいてはいけない人だということはすぐに解りましたから、周囲は遠巻きにして教室に向かいます。

「あの…介護者のかた以外はここから先は同行できませんが」

 教則本を手渡されるゲートのようなところで女性係員に制止されましたが、おうおう細かいこと言うなとばかり、二人は肩で風を切って通り抜けました。

 教室の前まで来ると、白いパンツの男は持っていた教則本を捧げるようにもう一人の男に渡して深々と腰を屈め、

「それじゃ兄貴、おれはあちらで…」

 開いた両膝に左右の手の平を当てた格好で言いました。

 兄貴と呼ばれた男は、ねぎらうように舎弟分の肩に軽く手を置くと、悠然と教室に入って行きました。教室の外にしつらえられた介護者用の長椅子に大股開きで腰を下ろす舎弟分の姿を少し離れたところから見届けて、私も教室に入りましたが、教官の話しに全く身が入りません。

 常識の外で生活する人も免許の更新をするのです。刑法に触れて平気な人が、交通ルールを守ろうという講習を真面目な顔をして受けるのです。そのアンバランスが滑稽でなりませんでした。

 それにしても、女性職員の制止を大威張りで振り切る一方で、たかが兄貴の免許の更新に付き従って恭順の意を表してやまない舎弟分の健気な姿は、小学校の同級生の誰かに似ています。

(誰だったろう…誰だったろう…)

 講習の間中考え抜いて、ついに思い出せないまま、私は五十八歳まで有効の新しい免許証を受け取ったのでした。