心の健康食品

平成18年01月11日(水)

 未曾有の高齢社会を迎えて、世は一大健康ブームです。通販では健康器具や健康食品が売れ、書店では健康レシピやダイエット本が売れ、身体にいい食品を紹介するテレビ番組は常に高視聴率で、特定の食材が健康にいいとなると、しばらくは市場から消えてなくなるという現象さえ起きています。

 我が家には一時期ダンベルがあって、負荷をかけた両腕を曲げたり伸ばしたりする運動を己に強いている期間中、ずっと深刻な筋肉痛に悩まされていました。

 労せずして痩せるという夢のような効果が謳い文句の「ゆらゆら運動」器具は、期せずして親と娘が別々に購入し、しばらくは我が家の上と下とで同じような振動音が響いていましたが、ここんとこ静かになったな…と思うと、器具は押入れに仲良く並んで埃を被っていました。

 我が家にしては高価な買い物だった電動ルームランナーは、テレビの音が聞こえないという苦情を受けて居間から座敷に追いやられ、いつのまにかバスタオルを干す道具になり下がりました。

 ひねりを加えた運動が特徴のステッパーは最も長続きをしていますが、一つのメーカーのものは中のチェーンを踏みちぎり、新しく買った別のメーカーのものは、体重を支えるプラスチックの支柱が不均衡にはがれ落ちて、運動に騒音とスリルが伴うようになりました。

 ことほどさように、成功する、しないは別にして、恐らく日本中の中高年が運動を心がけ、塩分をひかえ、糖分を遠ざけ、炭水化物を減らし、不足する野菜をサプリメントで補って、老化の著しい肉体を健康に保つことに躍起になっているわけですが、さて、心の健康についてはどうなのだろうと思うのです。

 肉体の健康を左右するのが運動と食事であるように、心にも運動と食事がありますね。

 運動は心が外へ向かう状態です。あれがしたい、これがしたい、あの人に会いたい、どこそこへ行きたい…。言い換えれば「意欲」でしょう。したいことの何もない生活は、どんよりと淀んで、精神は運動不足になってしまいます。運動不足が続けば動くことがさらに億劫になって、益々運動の意欲を失うのは肉体も精神も同じです。

 趣味や友人や生きがいを持たなくてはなりません。

 食事に相当するのは情報です。身体に悪い食物は避けるのがいいように、心がふさぎ、気持が否定的になってしまうような情報は遠ざけて、明るく元気になる情報を積極的に取り入れなくてはなりません。しかし、これがなかなか難しいのです。

 マンションの耐震強度が偽装されました。保険金目当てに妻が夫を自殺に見せかけて殺しました。赤ん坊が病院から誘拐されて身代金が要求されました。見知らぬ男がインターホンを鳴らして、応対に出た主婦を殺害し、娘の顔に切りつけました。登下校時の児童を変質者がねらっています。

 こんな不愉快な情報を連日聞かされるのは、アスベストがむき出しになった部屋で狂牛病の肉を食べているようなものです。鳥インフルエンザの三人と徹夜で麻雀するようなものです。塩辛に醤油をかけてマヨネーズで食べるようなものです。ところがマスコミは、よく言えば世に警鐘を鳴らすため、悪く言えば世間の耳目を集めるために、必要以上にこの種の情報を提供するのです。

 このまま少子化が続けば日本はつぶれる。日本の若者の知的水準は下がっている。巨大地震に襲われた時わが国の備えは万全か。それだけではありません。殺人、裏切り、汚職、虐待、変態…。あらゆる人間の醜悪な側面をドラマに仕立てて、これでもかこれでもかと流し続けるのです。

 肉体のために健康食品を食べながら、精神のためには不健康な情報ばかりを取り入れて省みない現状は、気がついた者から改善しなければなりません。方法は肉体の場合と同じです。悪い情報は個人の努力でスパイス程度のわずかな量にとどめて、気持のよい情報を積極的に取り入れればいいのです。

 そして、自己矛盾を承知で付け加えれば、どんなにこのことの重大さを自覚したとしても、

「な?このままでは国民みんなが心を病んでしまうぞ」

 などとは絶対に言ってはならないのです。