早いもん勝ち

平成18年04月10日(月)

 夜の学校の教員という仕事柄、夜桜見物は無理なので、せめて昼休みのお花見と洒落こんで、同僚と二人で平日の鶴舞公園に出かけて行くと、花は見事に咲いて、中空に巨大なピンクの屋根を形成していましたが、地面は隙間がないほどビニールシートが敷き詰められて、青い海原と化していました。

「すげえなあ!びっしりだぞ。賑わうんだろうな」

 出店でイカ焼きを奮発し、さあどこかに落ち着こうとして、はたと気が付きました。

 花の下に座る場所がありません。

 いえ、腰を下ろすスペースは広々と存在するのですが、敷き詰められたビニールシートが無言の占有権を主張しているのです。

 私たちはためらいました。

 わずかな時間とあなどって、迂闊にシートの上に陣取れば、どこからか恐い顔の持ち主が現れて、

「おい、あんたら、誰に断ってわしらのシートに座っとるんや!」

 と、怒鳴られるかも知れません。もちろん、

「公園はみんなの場所ですよ。ビニールシートを敷けばあなたのものになるってもんじゃないでしょう!」

 という理屈は成り立つような気がしますが、こうびっしりとシートが敷き詰められて公園の私物化が横行していては、理屈より事実の方が勝ります。それに、そもそも他人の非難に怯えながらイカ焼きを食べるなどという緊張は、どう考えてものんびりとした花見の気分とは相容れません。

 とは言っても、背広を着た大のおとなが、立ってイカ焼きを食べる図もいただけませんから、私たちは花の下をうろうろしたあげく、つつましく敷いてある小さなゴザを見つけて、その隅でささやかな花見を済ませました。小さなゴザなら持ち主も善良な小市民に違いないと思うのも何だかセコい判断です。

 それにしても占有とはいったいどういうことなのでしょうか。

 イカを食べながら考えました。

 子どもの運動会では朝早くからグランドにビニールシートを敷いて場所取りをしました。娘の学芸会ではステージの前の席を取るために、ゴザを小脇に体育館に急ぎました。息子の耳鼻科は診察時間より一時間以上も前から長い患者の列に並びました。花火大会も、野外コンサートも、神社のもち投げ大会も、先を争って少しでもいい場所を目指しました。

 ルールがない領域では早いもん勝ちがルールなのです。

 そういえば私が勤務する学校のクラスは席が決まっている訳ではありませんが、早く来た学生から順に好みの場所に陣取ると、翌日からその席には犯し難い占有権が発生して、席はいつの間にか固定してしまいます。

 早々と後ろの座席を取る学生がいるかと思えば、必ず一番前に座って教員を睨みつける学生がいます。

 気が付いたら後ろの席しか残っていなかったのを嘆く学生がいるかと思うと、やむを得ず一番前で恥ずかしそうに目を伏せる学生がいます。

 そして、たかがどの席に座るかという小さな出来事ではありますが、早いもん勝ちのルールの中で、一人一人の学生の運命に属する何事かが確実に動き始めた感じがしてならないのです。