ジョニー・ショー

平成19年02月14日(火)

 高崎で講演をした帰りに東京で途中下車をして上野に出かけてみました。やはり記録的な暖冬なのですね。二月の中旬だというのに春のような陽気で、桜の木が一本、時ならぬ花を咲かせ、盛んに携帯電話のシャッターを浴びていました。公園は、安上がりに連休を楽しもうという家族連れや恋人たちで賑わっていました。音楽に合わせて巨大な独楽を曲芸のように操る若者の周囲には幾重にも人垣ができて、宙高く舞った独楽が若者の持つ糸の上に吸い寄せられるように乗る度に、惜しみない拍手が送られていました。

 ふと見ると、少し離れた場所にも小さな人の輪ができていました。背伸びをして覗き込むと、中央で、高さが十五センチほどの黄色い厚紙のピエロが踊っています。ゴム紐でできた両足をピョンピョンさせながら、黄色いピエロは明るい日差しの中で、まるで生きているように踊っていました。『ジョニー・ショーは手品です。簡単な仕掛けで動いています』とか、『動け、止まれ、寝ろ、ジャンプ、何でも命令してみてください。ジョニーは喜んで従います』とか、『一ケ千円、四ケ三千五百円、五ケ四千円』などと書かれた数枚のA四サイズの紙が、半径一メートルほどの円を描いて路上に並べられ、見物人はそれを取り囲むように輪になっていました。ピエロの傍には若い男が立って、

「さあ、どなたでも命令してみてくださいね。ジョニーは命令に従います」

 はい、寝て!と言われると、黄色いピエロはゴムの両足を投げ出してバタッと仰向けになったまま動きません。

「はい、踊れ!」

 と命令されたジョニーは、今度は勢いよく立ち上がり、膝を曲げ伸ばしして楽しそうに踊ります。

「ジョニーの仕掛けは磁石でもコンピュータでもありません。お買い上げになると中に簡単な説明書と仕掛けが入っていますからね。どなたでもできますよ。バン!」

 突然指のピストルで撃たれたジョニーは驚いたように飛び上がり、うつ伏せに倒れて身もだえするのです。

 不思議な光景でした。

「子どもにもできるのか?」

 ジーンズを履いた客が質問しました。

「簡単な仕掛けですから、説明書が読める年齢なら大丈夫ですよ、はい寝て!」

 男は答えながらも命令を続けます。ジョニーはバタッと倒れて青空を仰ぎます。

「一つ下さい」

 別の客が差し出す千円札を受け取って、ビニール袋に入った新品のジョニーを渡しながら、

「はい、踊って!」

 ピエロを見ないで男が命令すると、それでもジョニーはちゃんと聞き分けて、生き返ったように踊りだすのです。

「すぐ動かなくなるんじゃないの?」

 神経質なのでしょう。さっきの客が質問を重ねます。

「三年、五年と使ってくれてるお客さんもいますよ、はいジャンプ!」

「壊れた時の保証はどうなってんの?」

 ジーンズの客がさらに質問しましたが、一つくれ、二つくれと差し出される現金への対応に追われて返事ができないまま、ジョニーは飛ぶように売れて行きました。

 東京にはめったに来られない私は、思い切って三つ買いました。

「ありがとうございます。ありがとうございます。ここでジョニーは一旦休憩です」

 ありがとうという言葉に反応して盛んにおじぎを繰り返すジョニーの上に、男がパタンと黒い板を乗せてショーを終わると、

「おい、質問無視してんじゃねえよ!」

 去りやらぬ客が驚くような大声で、ジーンズの客が言いました。

「壊れた時の保証のこと、おれ、質問したじゃん?」

「壊れようにもよりますから」

「そうじゃなくて、人のこと無視すんなっつってんだろ?」

「無視したつもりじゃなくて…」

「つもりとかじゃなくてさあ、ふざけてんじゃねえっつうの」

 不穏な空気に、客は一人去り二人去り、振り返るとジーンズの客から逃げるように店じまいをして男の姿は人込みに消えました。

 嫌なやつはどこにでもいるものです。

 それにしても磁石でもコンピュータでもないとすれば、ジョニーはいったいどんな仕掛けで動くのでしょう。

 家に帰って早速封を開けた私は唖然としました。ジョニーと一緒に、小さな紙片に巻きつけられた釣り糸が同封されています。説明書によれば、ジョニーの背中の切れ込みを通して釣り糸を横に張り、一方を十センチほどの高さのものに結わえ付け、一方の端を自分の人差し指に結わえ付けます。指をわずかに動かすと、時代劇で庭に忍び込んだ曲者を発見する『鳴子』の原理で、ジョニーは様々に揺れて、寝転んだり踊ったりするのです。

『誰か他の人に糸を引いてもらって、あなたが少し離れた所から人形に命令すれば、まるで人形が一人で踊っているように見えます』

 という説明が種明かしでした。

 もちろん誰か他の人というのは、最後まで残って文句を言っていたジーンズの客以外には考えられません。ジョニーを購入して封を開けた客が戻ってきて、糸だ、サクラだ、返品だ、と騒がないうちに店じまいをするために、二人はわざと喧嘩腰のやりとりをして残った客を追い払ったのでしょう。

 してやられたと苦笑いをする私を、

「どうですか?一つ千円では高いですか?安いですか?」

 ジョニーが真っ赤な唇で笑っていました。