待つ

平成19年05月23日(水)

 送金のために郵便局に出かけた時の出来事です。

 確かキューシステムというのでしたね?

 番号札の出てくる小さな箱の上では、電光掲示板が、私の前に二人の客が待っていることを示していました。一組の老夫婦が済んで、次の女性が通帳を受け取り、いよいよ自分の番だと気負う出鼻をくじくように、女性が職員に何やら質問をしたのです。

「あ、はい、保険ですね?それでしたら、ちょうど良い資料がございます」

 職員は戸棚からパンフレットを持ち出して、懇切丁寧に説明を始めました。

 内容について女性が質問をする度に、職員はパンフレットの該当ページを開いては説明を重ねます。

「なるほど、よく判りました。一度主人と相談して参ります」

 と女性が窓口を離れるまでの長かったこと。隣では、私より後の番号札を持った男性が、私以上にイライラした様子で窓口を睨みつけています。

 ひとつ奥の机でパソコンに向かう硬い表情の男性職員二人に、

(おい、客が待ってるんだ。保険の説明はお前たちが代わったらどうなんだ!)

 と怒鳴りたい気持ちを抑えながら、民営化ったって、相変わらず親方日の丸じゃないか・・・という反感が募るのをどうすることもできませんでした。

 人間、見通しの立たないまま待たされることほど不愉快なことはありませんね。

 急いで飛び込んだみどりの窓口で、前の客が、

「もう一つ遅い列車にすると、接続はどうでしょう?」

 などと質問したような場合も最悪です。

「そうですね・・・次の列車ですと『こだま』になりますが、あ、もちろん『ひかり』がいいですよね?」

 親切に時刻表を広げる職員を、

(馬鹿野郎、いい加減にしろよ、こっちは時間がないんだぞ)

 憎んでしまった経験は一度や二度ではありません。

「3番ホームでお待ちのお客様、列車遅れまして大変ご迷惑様です。今しばらくお待ちくださいますようお願い申し上げます」

 というアナウンスも、『しばらく』が何時までなのかが判らないと進退窮まります。諦めて地下鉄に向かったとたんに列車が来るような気がしたり、いつまで経っても列車は来ないような不吉な予感に襲われたり・・・。

 (どれだけ遅れるかは判らなくても、人身事故なのか信号の故障なのか、せめて遅れてる理由だけでも知らせろよ、そうすりゃあ自分で判断するからさあ)

 という憤懣はやがて、

 (それに、ご迷惑様って何だ?迷惑にサマとかつけて、それって正しい日本語なのか?ご迷惑をおかけして誠に申し訳けありませんって、きちんと謝るのが待たせる側の礼儀ってもんだろうが)

 八つ当たりのような怒りにすら発展するのです。

 携帯電話の店に出かける時にも、ある種、独特な覚悟が要りませんか?

 これは年齢的なギャップかも知れませんが、まずは客室乗務員のような制服を着た店員の、あの今風の濃い化粧に抵抗があります。長い爪、長い睫毛、無機質な瞳・・・。総じて彼女たちのにこやかな表情にはお目にかかったことがありません。ツンと澄ました若い女性店員と客との間には、商品に関して圧倒的な知識の差があるために、医者と患者のように、客は弱者の立場に立たされてしまいます。

「・・・で、結局どのプランが得でしょう?」

「そうですね、お客様の使用形態、使用頻度と、主に通話される時間帯によって商品に特徴がございますが、家族割引と定額プランというのがありまして、ご家族以外にも五名様に限って割引される商品の場合には別にご登録が必要です」

 などと、小さな文字の一覧表を色のついた爪で指されたりしても、とんと理解ができません。

 そして、ここでもひどく待たされて、決して先の見通しは与えられないのです。

 私が出かけた時は、二つの窓口はふさがっていて、他に一人の客が待っており、私に続いて若い男性が入って来ました。つまり店内には商談中の客が二人と、順番を待つ客がさらに三人いるわけです。

 結構な時間が経って、ようやく順番の来た私が窓口に座る頃、もう一人女性の客が入って来ましたが、隣の窓口のやりとりは延々と終る気配がありません。見ると、私の後の男性は、待ちくたびれて椅子の上で眠りこけています。さらに時間が経過して、

「次のお客様・・・」

 呼ばれてカウンターについた男性は、しばらく店員と話しを交わしてたかと思うと、語気を荒げて言いました。

「え!免許証が要るわけ?」

「はい。一応身分を証明するものをお見せいただくことになっておりますので・・・」

 店員の表情からは、気の毒だという気持ちのかけらも読み取れません。

 男性は怒ったように立ち上がりました。

 すると、その姿がまだ自動ドアを出ないうちに、

「次のお客様どうぞ」

 感情の全くこもらない店員の声が響いて、女性の客がカウンターに向かったのでした。