青い封筒ありますか?(1)

令和03年09月17日(金)

 年齢と共に情報の処理能力が低下しています。

 年金は自分の老後の生活を支える大切なものであることは十分承知していながら、金額の計算の根拠を示した書類が送られて来ても、すぐに理解を諦めてしまいます。最近受け取った通知によると、過去の金額の計算に誤りがあって、過払い分が差し引かれているとのことですが、いつ、どこで、どんな過誤が発生して、いつまで、いくら減額されるのかさえ分からないまま、意識の外に追いやって暮らしています。思い切って年金事務所に出かけて聞いてみようと思わないでもありませんが、どうせ職員がコンピューターの画面を見ながら難解な説明を行い、私は分かった振りをしてすごすごと帰って来るのが落ちだろうと想像がつきますから、行かないままになっています。目の前で説明されても理解ができない屈辱よりは、お上のなさることに間違いはないだろうと信じて暮らす方が私の自我は傷つかないのです。介護保険関係の書類も頻繁に届きますが、グループホームに入居している母親の高額介護合算療養費なる還付金の通知などは、保管しておくと結構な枚数に及ぶため、これも算定の根拠の分からないまま、届いたら直ちにゴミ箱に捨てています。携帯電話の明細もよく分かりません。認知症で、電話をかけることも受けることもできなくなってしまった母親の電話機の解約をしようと携帯ショップにでかけたら、解約期間が過ぎて自動継続が始まっているために、今解約すれば違約金の方が高くなるので、一年間は基本料金を負担する方が得だと、したり顔の若い女性店員から説明を受けました。解約期間についての通知が届いていませんでしたかと言われても全く記憶がありません。要するに情報を見落としたために、使いもしない母親の携帯電話の基本料金を無駄に一年間支払続ける結果になったのです。二か月ほどのタイムラグで届くETCやカード払いの明細を含め、処理し切れない情報の量に半ば怯えを感じている昨今だけに、突然固定電話が鳴って、

「こちら区の保険年金課ですが、渡辺哲雄さんのお電話で間違いありませんか?」

 と男性の声で慇懃に言われたときには、

「はい。間違いありませんが…」

 何かトラブルが発生したのではないかと動揺を隠せません。

「実は医療保険点数の改訂がありまして、2015年から2017年の間の累積医療費の、払い過ぎていらっしゃる分について、払い戻しの手続きを六月に青い封筒でお知らせしてあるのですが、まだお手続きがお済みでない方についてお電話をしています。通知をご覧になりましたか?」

 青い封筒ですと繰り返されても、三か月も前のことを覚えているはずがありません。うっかり捨ててしまったのかも知れないという不安に駆られているところだけに、

「お手続きの期間は過ぎましたので、期間外手続きという方法をご案内していますが、どうなさいますか?」

 という区役所の行き届いた扱いに感謝すら感じました。こうなれば、手続きの煩雑さと金額を比較してからの判断です。

「あの…私の場合、いくら戻るのですか?」

「ええっと…渡辺さんの場合、3万8千円ですね」

 放棄するには大きな金額です。そう言えば私は昨年の年始にスピード違反で確か同額の反則金を支払っているのです。

「そんなに戻って来るのなら是非手続きをお願いしたいのですが…」

「それでは手続きをご案内します。保険証と身分証明書と通帳とキャッシュカードが必要になりますがよろしいですね?」

「あ、メモします」

「期間外の場合、手続きを銀行に委託して行いますが、お取引の銀行はどこでしょう?」

「三菱UFJ銀行です」

「分かりました。それでは三菱UFJ銀行に委託の連絡を致します。いえ、時間はかかりません。そうですね、10分ほどで折り返し、銀行の担当者から渡辺さんにお電話が入ると思いますので、その指示に従って下さい」

 待っていると、

「こちら三菱UFJ銀行の本店ですが、渡辺様のお電話でよろしかったですか?たった今、区から、渡辺様に関する累積医療費の払い戻しの期間外手続きについて委託を受けましたが、間違いありませんか?」

「はい。間違いありません」

「それでは、どこの支店でのお手続きを希望なさいますか?」

「ええっと、東支店が有難いですが…」

「東支店ですね?分かりました。実は6月に区から送られた封筒には、払い戻しを受けるための、お客様番号がご案内されていましたが、これの再発行が必要になります。ついては、ご本人確認をした上で、再発行が可能な最新のATMが東支店に設置されているかどうかを確認して、もう一度お電話を差し上げますのでしばらくお待ちください」

 と言って一旦電話が切れました。

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