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接種券
令和05年02月12日(日)
母が入居しているグループホームの管理者から
「ワクチン接種の日程が決まりましたので、早急に接種券をお届けください」
という内容の電話が入ったのは、米沢駅の待合室で帰りの列車を待っているときでした。
「おふくろのワクチン、確か五回目だよな?」
「…だと思う」
「接種券、見た?」
「さあ…見てないと思うけど…覚えてない」
「見たらすぐにホームに送るはずだから届いてないかもな」
最近夫婦とも記憶には自信がありません。
「発送されたかどうか、確かめてみるよ」
既に発送されていれば郵送事故か紛失を疑わなくてはならず、発送前であればそのことをグループホームに知らせなければなりません。
市役所へ電話をすると、ワクチンコールセンターの番号を教えてくれました。電話に出た女性に事情を話し、母の住所、氏名、生年月日を伝えて、発送の有無を問い合わせましたが、
「前回の接種日が分ればお答えできますよ」
と言われても手元に記録はありません。やむを得ずグループホームに電話して前回接種日を確かめ、再びセンターに連絡すると、先ほどとは違う女性が電話に出て、
「申し訳ありません。ご本人の接種記録に接種券番号がありますので、それをお伝え頂けば特定できると思います」
「接種券番号ですか…」
一度に言ってくれればいいのに…と思いながら、もう一度グループホームに照会すると、管理者は接種済証の写真をメールに添付してスマホに送ってくれました。接種券番号をメモして早速センターに伝えましたが、三たび電話したセンターの女性職員からは、思いがけない返事が返って来たのでした。
「せっかくですが個人情報なのでお答えできかねます」
「ちょっと待ってください!」
さすがに語気が険しくなりました。
「最初は前回接種日が分れば調べられると言われ、次は接種券番号があれば特定できると言われ、あげくは個人情報だから答えられないと言われては納得ができません。そもそも個人情報というのは、それによって個人が特定できる情報を言うのでしょう?この場合、母の個人情報は全部私が持っていて、それをセンターに開示して接種券が発送されたかどうかを聞いているのです。どうして教えて頂けないのか、分かるように説明してください」
女性は明らかにうろたえて、少々お待ちくださいと言ったっきり、電話は待ち受けメロディーに切り替わりました。
列車の到着が近づいて来ます。焦る気持ちを逆撫でするように、ひどくのんびりした音楽が繰り返されます。せいぜい二、三分程度のことだったのでしょうが、待つ身にはそれが十分にも二十分にも感じられました。
「お待たせ致しました。上の者にも確認して参りましたが、やはり個人情報になりますので、お答えはできないということでご了承頂きたいと思います」
その瞬間、私の中で主題が変化しました。母親の接種券のことよりも、発送の有無が個人情報に当たるかどうかに関心が移りました。
「先ほども申し上げたように私は母の個人情報を開示して接種券を発送したかどうかをお伺いしています。なぜそれが個人情報なのですか?発送の有無を私に教えたからといって母にどんな不都合や不利益が生じるとお考えなのですか?」
分かるように説明してくださいという私の要求に、それはその…と、女性は口ごもるばかりです。
「あなたは先ほど、上の者に確認したと言われましたよね。その上の人と代わって下さい。直接お尋ねします」
女性は躊躇しています。上司に代わってくださいと強い口調でもう一度言うと、またしても延々と音楽を聴かされたあげく、
「代わりました。どのようなお尋ねでしたか?」
年配の男性の声が尋ねました。
どのようなお尋ねでしたか?
私の怒りは頂点に達しました。
「認知症の母が入居しているグループホームから、ワクチン接種の日程が決まったので急いで接種券を届けるよう連絡がありました。今、夫婦で旅先にいますが、二人とも自宅で母の接種券を見た記憶がありません。発送の有無だけでも確かめたくてお電話をしています」
「ええっと、それは一応個人情報になりますので、ご本人から問い合わせて頂くことはできませんか?」
「本人は認知症だと申し上げたでしょう。母は私が二歳のときに離婚しています。私は長男できょうだいは居ませんから、当然、私は母のただ一人の身寄りであり、身元引受人です。個人情報だとおっしゃるのなら、母の氏名、住所、生年月日、接種券番号、たった今は離婚の事実や子どもの数まで、むしろ私の方が母の個人情報を開示して発送がされてるかどうかをお尋ねしているのです。なぜそれがお答え頂けないのですか?」