社会福祉法人

令和05年02月18日(土)

 改正社会福祉法が施行されて、『社会福祉充実計画』という名前で、社会福祉法人に正式に地域貢献を求められたのは2017年のことでした。無自覚に未実施のまま推移すれば、禍根を残す結果になりはしないかという危惧に駆られて、地域貢献を求められる理由について、改めて歴史をたどって考えてみようと思います。

 昭和二十年(1945年)、敗戦を迎えた日本には福祉の対象者があふれていました。戦地で負傷した復員兵だけでなく、内地の空襲で建物の下敷きになった人も、爆風や焼夷弾の炎で視力を失った人も、不自由な身体で生きていかなくてはなりませんでした。戦死した兵士の妻子は、母子家庭として支援を必要としていました。身寄りを亡くした子供たちは窃盗を繰り返し、病気になれば猫のように物陰で死んでゆくしかありませんでした。職場を失った人たちはその日の食べ物を手に入れることもできませんでした。そんな人たちに救いの手を差し伸べたのが、宗教家や篤志家を初めとする慈善活動家たちでしたが、そもそも民間の恣意的な救済でどうにかなる事態ではありません。救済は国家の責任において行われるべきなのです。占領軍である連合国最高司令官総司令部(GHQ)は、日本政府を主導して、天皇に主権があった大日本帝国憲法を、国民を主権者とする日本国憲法に改正するに際し、第25条に救済は国家の責任において行われるべきことを明記しました。

 『全て国民は最低限度の文化的生活を営む権利を有する。国は全ての生活部面において、社会保障、社会福祉、公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない』

 そして、国、つまり、公(おおやけ)が民間の慈善団体に公金を支出して安易に自らの責任を転嫁しないように、また、公金の支出と引き換えに民間の慈善活動の独自性を損なうことにないように、第89条に次の条文を加えました。

 『公金その他の公的財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属さない教育若しくは博愛の事業に対してこれを支出し、又はその利用に供してはならない』

 博愛の事業とは福祉のことですから、この二つの条文によって国は福祉を安易に民間に任せることなく、自らその向上及び増進に努める責任を負うことになったのです。

 ところが、溢れかえる福祉対象者を全て国の責任…即ち公務員によって救済することは現実的には不可能でした。そこで国は憲法89条の後段を次のように解釈して苦肉の解決策を講じました。公金その他の公的財産は(中略)公の支配に属さない福祉事業に対して支出し、又はその利用に供してはならない…のであれば、公の支配に属する団体を創設すれば、その団体が行う福祉事業に対しては公金の支出が可能になるではありませんか。こうして誕生したのが公益法人の特殊形態である社会福祉法人であったのです。公の支配に属する団体ですから設立も運営も解散も行政の管理下に置かれて、公益性と非営利性が求められる代りに、施設の整備や運営に対して公的な補助が受けられることになりました。救済すべき対象は行政が決定し、費用は措置費という公金が直接施設に支払われることになりました。税で運営する法人から税を徴収する訳には行きませんから、当然、社会福祉法人には法人税も固定資産税もかからない体制で時代が移りました。

 大変なスピードで経済成長を果たした我が国の福祉事情は、窮乏を背景とした戦後の状況を脱し、まずは介護問題が誰にでも起きうる生活上の困難として対応を迫られるようになりました。特別な対象を税で救うのは福祉ですが、誰にでも起きうる困難に備えるのは社会保障です。傷病を保険事故として保険給付を行う医療保険の仕組みに倣って、介護が必要な状態を保険事故として保険給付を行う介護保険制度が創設されました。保険診療の場合、患者は窓口で保険証を提示することによって『保険のルールに従った診療を望みます』という契約を医療機関と結んで治療を受ける形になっていますが、同様に介護の必要な当事者も、介護サービスを提供する事業者との間で結んだ契約に基づいて保険給付を受ける方式になりました。契約を結ぶ意思能力に欠ける対象者のために、成年後見制度も準備されました。

 こうして行政が社会福祉法人に委託した対象者の救済費用を措置費という公金で支払う従来の方式は大きく転換し、被保険者が購入した『介護サービス』の費用の9割を『介護サービス費』として被保険者本人に直接支給する仕組みになりました。介護保険法の条文で『サービス費はサービスを提供した事業者に支払うことで本人に支払ったものとみなす』と謳うことによって、それまでの社会福祉法人の事業収入の性質が一変しました。被保険者は1割負担でサービスの提供を受けた感覚でいますが、制度上は費用の全額を一旦施設に支払い、保険者…つまり行政から9割の介護サービス費を受け取っているのです。施設の側から見ると、介護の費用として直接行政から措置費が支払われていたものが、被保険者本人から1割の自己負担を受け取り、残りの9割のサービス費は本人に代わって保険者から受け取る形に変わりました。つまり、公金を支出する受け皿として創設された社会福祉法人は、直接本人から費用の支払いを受ける立場に変わることによって、創設当時の存在根拠を失いました。しかし数は減ったとはいえ、緊急性を要したり、介護保険の対象外だったりで、行政が直接公金を支払って施設で救済しなければならない高齢者がいる以上、社会福祉法人を廃止するわけには行かず、法人税と固定資産税については免除されたまま推移しているのです。

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