孤島の遺伝子

平成20年05月21日(水)

 理髪店には中年の先客が一人いて、散髪をしながら店主と会話が弾んでいました。

「それにしてもお客さん、イチローの活躍はどうですか。あいつはすごいですよね。現代のサムライじゃないですか?顔なんかも、こう…風格が出て来ましたよね」

「風格、あるある。ヒゲも板について来た。いつからか顔が変わったよね。動じないっつうか、常に自分の目標をしっかりと見つめてるっつうか…。しかしイチローもすごいけど、松井だってたいしたもんだよ。怪我をしてブランクがあっても、復帰するとあの打率だもんな。それにインタビュー受けても、言うことが謙虚だよね」

「謙虚、謙虚。そこがサムライですよね。イチローも松井も共通してます」

「だけどさ、草分けは野茂ってことを忘れちゃいけないと思うよ。野茂はもう大リーグはちょっと無理かも知れないけど、ホントよくやったと思うよ。おれは好きだなあ…野茂。考えてみれば、野茂がいてこそのイチロー、松井だからね。国民栄誉賞もんだと思うよ」

「ですよね。とにかく日本人もたいしたもんです。あいつらは誇りですよね、日本の…」

「それにひきかえ相撲はどうしようもないね」

「どうしようもないですねえ…」

「両横綱ともモンゴル人だもんな」

「モンゴル…。強いですねぇ。そういえば高見山からでしょ?外国人が入って来たの…」

「小錦もハワイだったし、まだいたんじゃなかったなあ、ハワイ人…日吉丸じゃなくて…」

「アハハ、武蔵丸ですよ。」

「そうそう、武蔵丸だ。それが今はモンゴルだよ。モンゴルにもあるんだよね、相撲…」

「いえ、あっちが元祖って聞いてますよ」

「元祖かどうか知らないけど、相撲は日本の国技だぜ、国技。その横綱が西も東も外国人っつうのは情けないよね。ええっと、ヨーグルトの国の、ブル…ブル…ブルガリアの力士もいたよ。バルトだっけ?」

「琴欧州ですよ」

「あれ?バルトっつうのもいなかった?」

「ロシアじゃなかったですか?」

「そうか、バルト海だからロシアだよな」

「外国人は禁止にできないのですかねえ」

「そうだよな。身体はでっかいし、そもそも飽食の日本と違ってハングリーだからね、あいつら。ダイエットとテレビゲームに夢中の日本人じゃ、もう大横綱は期待できないかもな」

「洒落じゃないけど、外国人と同じ土俵で勝負することにそもそも無理があるんですよ。私は反対ですね、外国人を角界に入れるのは」

「そりゃそうだ。見たくないもんな、外人に日本人が投げ飛ばされるの」

「そうですよね…はい、お疲れ様でした」

 二人の会話に、孤島で遺伝子をつないで来たわが民族の国際化の垣根を見たような気がしました。次の方どうぞと促されて腰を下ろすと、椅子にはまださっきの客の体温が残っていました。