修理

平成20年01月19日(土)

 何かの拍子にちぎれたのでしょう、気がつくと、携帯電話のイヤホンジャックのカバーがありません。むき出しではホコリや水分が心配なので、自転車を四十分漕いで、購入した販売店に持ち込みました。

「あの、ここの小さなゴムのカバーがなくなったのですが…」

「お客様、申し訳ありませんが、ここでは部品は扱っておりませんので、ご自分でメーカーの方にお問い合わせいただくことになりますが、よろしかったでしょうか?」

「メーカーに問い合わせろと言われましても…」

「電話番号、コピー致しますね」

 制服姿の若い女性職員がコピーから戻って来るわずかな間に、私はにわかに腹が立って来ました。そこで、

「メーカーにはあなたから問い合わせてくれませんか?それくらい、販売した店の責任のように思うのですが…」

 すると職員は困ったような表情をして、

「土日はメーカーがお休みですので」

 私はすかさず、

「土日も大丈夫って書いてありますよ」

 コピーに印刷してある小さな記述を指差しました。

 職員は私を厄介なクレーマーだと判断したのでしょう。表情を強ばらせて、

「立て込んでいますので、予約の紙にお名前を書いてしばらくお待ちください」

 別の職員に何やら耳打ちしたのです。

 やがて名前を呼ばれてカウンターに座った私の応対に出たのは、明らかにさっきの職員よりは経験を積んだ別の女性でした。

「いかがされましたか?」

 私はまた最初からいきさつを説明しなければなりませんでした。

「わかりました。少々お待ちください」

 その場で彼女が聞いてくれたメーカーからの返事は意外なものでした。たとえ簡単なゴムのカバーでも、メーカーは部品だけを送ることはしないので、修理扱いで販売店から送付するようにと言うのです。

「つまり、もしも最初の職員の指示通り、家に帰って自分でメーカーに電話していたら、私はもう一度自転車を漕いで携帯をこちらに持ってこなければならなかったのですね?」

「誠に申し訳ございませんでした」

「…で、小さなゴムの部品一つ、直すといくらかかるのですか?あまり高いようなら修理しないで済ませますから」

「それは、修理に出して見積もりが来ないとわかりません」

「いや、わざわざ現物を送らなくても、電話でおおよその金額は解るんじゃないですか?機械が壊れたんじゃなくて、ゴムのカバーが取れただけなんですからね」

「一応、メーカーは中を点検して見積もりをお出ししますので」

「中は点検しなくていいですよ。全く不都合ありませんから」

「いえ、一応修理の製品は全部点検することになっていると聞いていますので」

「だったら点検は不要と伝票に書いて送ってください」

 結局、ゴムのカバー一つ取り付けるのに必要な金額すら聞くことができないまま、それから三十分かけてアドレスデータを写し、代替機と充電器を貸し出されて店を出ましたが、私の胸は、何とも的の絞れない不快感で一杯でした。強いて言えば、いつの間にか私たちが身を置くことになった社会の仕組みの居心地の悪さでしょうか。製造、運搬、販売、修理…と専門分化した巨大なシステムの中で、誰一人トータルに責任を引き受けない仕組みそのものが不愉快なのです。クレーマーと見れば、マニュアルに沿って担当を変える職員たちも、同じ仕組みの中で疎外された被害者なのでしょう。

 ビルの谷間を吹き抜ける風で、耳がちぎれそうでした。今は昔、売った製品には最後まで責任を持っていた、町の時計屋の頑固親爺の背中が妙に懐かしく思い出されました。