組織の人格

(岐阜県ソーシャルワーカー協会春の研修会から)

平成20年03月28日(金)

 「人格」という言葉を辞書で引くと、「個人の持つ一貫した行動傾向」と出ています。つまり、こういう時あの人ならどうするかな?と考えてみて、想像できる特定の傾向があれば、それが人格の当体であるという訳です。

 日本人があいまいな民族と言われる所以は、民族としての行動傾向が不明瞭で、容易に予測ができない点にあるのでしょう。考えてみれば、「和」をもって尊しとし、周囲との人間関係を損なわないことを最も重要な行動原理にしている民族にあっては、人格者とはひたすら調和を図る努力を惜しまない人物ということであり、必ずしも思想に背骨があることを指しません。言い換えれば、明言を避けて様子を見るという行動が常に予測可能であるという意味においては、もはや「あいまい」は一つの「人格」というべきかも知れません。

 しかしそれは、ムラ社会の秩序を維持することと、責任の追求を免れる点においては優れていても、目的志向型の社会では通用しません。結果の評価は後世に委ねるとしても、現に大衆は福田総理より小泉元首相に魅力を感じて大量の票を投じたのです。ヒトラー然り、ケネディ然り、田中角栄然り、小泉純一郎然り。理屈を超えて個人が大衆を魅了する最大要素が「一貫した行動(思考)傾向」であり、それを熱く語ることのできる能力が今日のリーダーの条件であることについては異論のないところだと思います。

 それでは、人に人格があるように、組織にも人格があるでしょうか?あるのだ、というのが二十三日に養老で行われた岐阜県ソーシャルワーカー協会の研修会の講演内容でした。むしろそこに多様な人間が集って複数の作業に従事しているだけに、組織としての行動傾向の一貫性、つまりは「人格」が、一人一人の構成員の士気、言い換えれば働き甲斐、ひいては組織目標の達成に多大な影響を持つのだという趣旨であったと受け止めました。

 具体的には、講師が施設長を務める法人における経営改善の取り組みの紹介でした。

 職員定数は満たしてはいるものの、福祉人気の低迷で辞めた職員の補充がままならない施設の現状に危機感を抱いた講師は、三百五十万円の巨費を投じて、魅力的な組織作り、つまり利用者はもちろんのこと、職員からも地域からも好感を持たれる施設の「人格」の再構築を、プロの経営コンサルタントに依頼したのです。

「職員が一人減ればなんだかだで年間三百五十万円くらいは浮きますが、カネが浮いたなどとのんきなことを言っているうちに、残った職員の負担は増えて、結果的に離職を促すことになるでしょう。職員数が定数を切れば、施設の存続そのものが危うくなります。施設の魅力を取り戻し、働き甲斐のある職場運営を目指すことに一人分の人件費を投じることを高いと見るか安いと見るかは人それぞれでしょうが、私は決して高くはないと考えました」

 施設長の決断が改善のスタートでした。

 他の施設で多大な効果が実証されたからというふれこみで、半ば強引に導入したコンサルタントによって、職員全員の無記名による意識調査を行った結果が惨憺たるものでした。「施設長は何を考えているかわからない」から始まって、「施設長は外向きには理想的なことを言うが、内に対しては不在が多く、無関心ではないか」「施設長だけではなく上司全般が信用できない」「全てが恣意的で自分が正当に評価されているとは思えない」「辞めるつもりはないが、自分の身内をこの施設に入れようとは思わない」「評価されなくては働き甲斐がない」「無記名とはいえ、恐らくこのアンケートも上司のチェックが入るに違いない」「施設側とコンサルタント会社はグルに決まってる」に至るまで、否定的な答えが満載だったのです。

 ところが講師がユニークなのはこのあとでした。

 職員全員を集めて意識調査の結果を示した上で、

「皆さんのこのような気持ちに全く気がつかないで漫然と過ごして来た不明に対して、まずは心からお詫びしたいと存じます。申し訳ありませんでした」

 深々と陳謝した上で、改善に向けての強い決意を表明したのです。

 ここから先は優れたコンサルタントの手腕でした。指導的立場の職員たちに諮って施設運営の理念が作られました。それは現場に下ろされて合意が得られました。理念に照らして自分たちの仕事ぶりが点検され、部署ごとに目標と行動指針が作成されました。その間のプロセスは、時に苦痛を伴い、時に猛省を促されたりしながらも、自分たちがこの施設をどんな施設にしたいのかという意思を明確にし、強固にする過程でした。共通のテーマについて議論する中で、職員同士の価値観がすり合わされ、相互理解が進みました。最後の仕上げは現場職員による個別の行動指針の作成でした。

「意識調査に表明された皆さんの気持ちに応えようと、指導的立場の職員たちが中心になって、ようやくここまで漕ぎ付けました」

 さあ、皆さんはどんな形で参加しますか?と問いかけられた職員は、自分たちの意識調査から始まったことだけに、真剣に考えざるを得ませんでした。ある者は明るく挨拶を心がけると答え、ある者は廊下のゴミは拾いたいと答え、ある者は利用者との会話を大切にすると答えて、一人一人のささやかではあるが具体的な行動指針が出来上がってみると、思いがけない効果がありました。一人が挨拶を心がけると、それは職員全員に広がりました。一人がゴミを拾うと、他の職員も無視できなくなりました。利用者との会話を大切にする姿勢も、気がつけば職員全体のものになっていました。

「いやぁ、私も驚きました。職員一丸となって利用者の尊厳を守りますなんて、抽象的で立派なこと言ったってだめなんです。実行可能な一人一人の具体的な変化が、全体をぐいぐい変えて行くんですねえ」

 講師はそう言って笑いました。

 一人の施設長の決断によって、組織は見事に素晴らしい「人格」を獲得したのです。