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続・残酷ないたずら
平成21年11月24日(火)
在宅介護支援センターに勤務していたMくんのところに、ある日、新潟県警から電話が入りました。
電柱やガードレールに白い布を巻きつけて移動していたパナウェーブという宗教団体から認知症の男性を保護したが、住所も名前も満足に言えないのに、Mくんの勤務する支援センターの名前だけをはっきり言うので、すぐに引き取りに来てほしいという内容でした。
Mくんが驚いて上司に相談したところへ再び電話が入り、
「ふふふ、お前、まさか本気にしたんじゃないだろうな」
と笑ったのが、前回のコラムで紹介した、いたずら好きのRでした。
それ以来、Rとの付き合いに微妙な距離を置くようになったMくんのことを、
「あいつ、本気で怒ったみたいだけど、大人気ないよね」
とRは言いますが、どんなにひいき目に見ても大人気ないのはRの方だと思います。
ところで皆さんは、カマキリの卵を見たことがありますか?その形状を文章で表現するのは困難ですが、ものに例えるのは簡単です。要するにカサカサに固まった焼き麩の形をしています。薄茶色の奇妙な形の固まりは、実はシェービングソープの様に泡状に押し出された無数の卵の集合体で、孵化が始まるや、全長五ミリほどの薄緑色のカマキリがいっぺんに二、三百匹も生まれて四方に散るのです。
子供の頃のRはそれを知っていて、小枝に産み付けられたカマキリの卵を見つけては持ち帰り、校長室の花瓶の中や教員室の本棚の裏に隠して、じっと春を待ちました。やがて卵は一斉に孵化して、机といわず書棚といわず、おびただしい数のカマキリの赤ちゃんが走り回り、キャーッと大騒ぎをする教員たちの様子を眺めるのがRの楽しみだったようです。
「たまにポケットに入れっ放しになっていた卵が自分の家のタンスの中で孵化すると、おふくろにひどく叱られましてね」
既に四十歳を超えたというのに、その頃と同じ子供のまんまの心が、機会あるごとにRをユニークないたずらの考案と実行に駆り立てるようです。
学校で指示された検便を登校間際になって思い出し、祖父のものを持って行ったらカイチュウがいたという、忌まわしい思い出が私にはありますが、Rにとっては検便も格好のいたずらになってしまうようで、わざわざ道端の犬のフンを提出してとんでもない結果になったことを武勇伝のように披露します。
胴体を糸で縛ったカブト虫を賽銭箱に垂らしてそっと引き上げると、小銭だけでなくて時にはお札が釣り上がることを、数学の難問を解いた時のように自慢します。
脳死がヒトの死であることを得々と説明する学者に、
「それでは脳死と判定された人を殺しても殺人にはならないのですね?」
思いもかけない切り口から質問を投げかけて講師を困らせるRは、同じ感性でせっせと辛辣ないたずらを思いつくのです。
「もう電車の中で痴漢なんかしないで下さいよ」
と、帰りの車内で通りすがりのRに言われてバツの悪い思いをしたSくんは、いたずらのターゲットになり易いキャラクターなのでしょうね。ある日、駅の駐車場で自分のクルマに乗ろうとしてギョッとしました。車のボディーの至る所で、ボブサップという名前の黒人ボクサーが恐ろしげに目を剥いて睨みつけています。
Rの仕業でした。
一枚決して安くないシールを大量に買い込んで、Sくんのクルマのボディーに丹念に貼り付ける時のRの心は、校長室にカマキリの卵を仕掛ける時と同じ種類のトキメキに支配されているのでしょう。
かく言う私も、朝出勤しようとして、玄関の門柱に固定してある雌雄一対のシーサーに、天使の羽根が生えているのを発見しました。
Rの仕業でした。
留守を承知で仕事のついでに立ち寄ったのでしょうが、わざわざ我が家まで回り道をして、あたりを憚りながらシーサーに羽根を付ける時のRの心中を想像すると、教室の引き戸に黒板消しを仕掛けて先生が来るのを待ったわんぱく時代の気持ちが蘇ります。
私たちが「思い出」というラベルを貼った懐かしい少年時代を、Rはまだ生きているのです。
「デパートで友だちがね、生意気にカードで買い物していたので、覗き込んで、あれ?拾ったカードでも使えるんだ、と言って通り過ぎたら、えらいめんどくさいことになりましてね」
あんないたずらはするもんじゃないですよと、反省しきりの口ぶりで言いながら、Rの瞳は生き生きと輝いています。
いじわるばあさんという漫画がありましたが、Rはきっと無類のいたずらじいさんになることと思います。
「長いこと禁煙をして来たが、本当はわしはお尻からけむが出るほど煙草を吸いたかったんだよ。死んだらどうか棺の中に、このタバコを全部入れておくれ」
と言い残し、やがて釜に火が入ると、仕掛けてあったたくさんの爆竹が派手な音を立てて火葬場の職員を驚かす…。
Rにはいつまでも分別臭い大人になってほしくないと願っている者の一人として、私はそんないたずらでRが人生をしめくくってくれることを密かに期待しているのです。
終