過疎地の会議(雪が降る…の巻)

平成21年11月25日(水)

 二年前の大雪の夜、屋根に降り積もった雪の重みで老朽家屋が倒壊し、翌朝、一人暮らしの女性が遺体で発見された事実を報ずる新聞記事のコピーを見ると、

「ほう…まつ枝さんが亡くなってからもう二年になりますか…」

「あれよあれよという間に積もりましたからなあ、あの時は…」

 忌まわしい記憶が蘇った参加者たちは、会議が始まる前から、口々に気の毒な雪の被害者について話しを始めました。

「可哀想にまつ枝さんはあの夜、色々なところへ助けてくれと電話をかけたそうじゃないですか」

「実は、私のところにも二度ばかり連絡がありましたが、真夜中に家が軋むと訴えられましてもねえ…結局、励ますことしかできませんでした」

 地区の民生委員が沈痛な表情で言い、

「しかし、まつ枝さんは昼間、役所にも何度か電話を入れてるんですよ」

 矛先を役所に向けたところで会議が始まりました。

「え~本格的な冬を目前に控えて、本日は雪に対する地域の支援体制について検討を…」

 会議の担当者が言い終わらぬうちに、

「ちょうど今、そのことを話し合っていたのですよ。二年前に雪で死んだまつ枝さんは、昼間、役所に何度か助けを求めたというじゃないですか。対応に問題はなかったのですか?」

「いえ、役所には、業者を頼んで屋根の雪下ろしをした場合に、一律五千円を補助する制度がありますので、それはご案内したのですが…」

「その時、事態を重く見て、役所の人間が屋根の雪を下ろしていたら、まつ枝さんは死ななくて済んだのじゃないですか?」

「ちょっと待ってください、それは結果論でしょう。たとえ現場を見に行ったとしても、まつ枝さんの家だけが倒壊するなんて誰にもわからなかったと思いますよ。雪はどこの家にも同じように積もっているのですからね。そこまで 役所に期待するのは無理だと思います」

「同感です。そもそも役所は制度を運用するところであって、住民の困りごとにすぐに対応する便利屋ではありません。そんなことをしてもらえるのなら、雪に限らず何かして欲しいことがある度に、みんなこぞって電話をかけますよ」

「となり近所で何かできなかったのですかねえ…」

「あの辺りは、みんなトシヨリ世帯ばかりですからねえ…。心配な家は業者を頼んだり、都会に出ている息子が帰ってきて屋根に上がったりしてましたよ」

「ついでにまつ枝さんの家の屋根も…という訳には…まあ、行きませんよねえ。確かあの人も遠くないところに長男夫婦が住んでいる」

「やぱりまずは身内が動くべきですよね、みんなそうしています」

「しかし私は子供に迷惑をかけたくないという親の気持ち、分かりますよ。息子の嫁と折り合いが悪かったりすると頼み難いものです」

「あの…、家が倒壊するような雪の被害はもちろんですが、少し積もるだけで、お年寄りは家から外へ出られなくなってしまいます。幹線道路は行政で除雪しますが、それぞれの家の前までは予算的にも手が回らないというのが実情です。ところが体力のないお年寄りには自分の家の前の除雪だけでも大変な作業でして、無理をすれば腰を痛めるし、放っておけばどんどん積もって、買い物にも通院にも行けなくなってしまう。困っていらっしゃる高齢者がたくさんいると聞いているのですが、今夜はその辺りも含めて、地域で何ができるかということを話し合って頂きたいのです」

「地域と一口に言っても様々ですよ。高齢者ばかりで若い人はほんの少しという地域もあれば、まあまあ住宅が密集していて色々な年齢の人が住んでいる地域もある」

「若い人がいる地域は何とかなるとして、問題は高齢者ばかりの地域ですよね」

「ちょっと待って下さい。若い人はみんな働いているのですよ。よその家の雪まで面倒みる時間も責任もないでしょう。むろん強制はできませんしね」

「屋根の雪はともかく、家の前の雪かきくらいはお隣りで手伝えるんじゃないですか?そんなに難しく考えないで、お隣りの前もきれいにして差し上げればいいと思いますよ、ついでですもの」

「それがですね…」

「え?」

「そう簡単ではないらしいですよ、ご近所って」

「…と言いますと?」

「朝起きたら家の前がすっかりきれいになっていたお年寄りが、勘違いして、雪かきをして下さったのとは反対隣りの人にお礼を言われたそうで…言われた方は厭味と受け止めるし、言われなかった方はバツが悪いし…」

「で?」

「それ以来両隣りは、どちらからともなく、お年寄りの家の丁度まっ半分まで雪かきをするようになったんだそうです」

「それじゃかえって厭味じゃないですか」

「新聞を取りに外へ出たら、既にお隣りの除雪が半分終っていると、あわててあとの半分をきれいにしたりしてね、お年寄りはお年寄りで、まだ半分しか済んでない間は外に出て顔を合わせないように気を遣ったりして…」

「なるほど、親切も難しいですね」

「お互いにもっと率直になれないものですかねえ…」

「こだわらないで、どちらか早く起きた方がするとかね」

「それだとまた気を遣って、早起き合戦になりませんか?」

「お隣りだからこそ難しいんですよ。色々と感情がからんでしまう。いっそ町内で当番表を作ったらどうでしょう?次に雪が積もったら、あのお年寄りの家の前は誰それが除雪する…と、回覧板を回すみたいに決めておくんです」

「いつ積もるか分からない雪のためにそんな面倒なこと決めたって、守られないんじゃないかなあ…。町内も色々だから、賛同が得られるとは限らないし」

「役員が雪の積もり具合で判断して、町内総出で、いっぺんに道の雪かきをするってのはどうですか?出て来ない人からは出不足料を取る。これだったら困っている人を特定しなくていい」

「出不足料は、お年寄りからも取るんですか?」

「その方が肩身が狭くなくていいでしょう?」

「金額にもよりますよ」

「たかが雪かきの出不足料ですよ、多くても五百円でしょう」

「それだと、みんな五百円払って作業をしないんじゃないですか?」

「ふむ…」

「いずれにしても、こういうことは町内単位でよく話し合う必要がありますな」

「問題は大雪のときの屋根ですよ。第二のまつ枝さんを出す訳にはいきません」

「また振り出しですね。こっちは雪かきのように単純に町内任せという訳にはいきませんよ。道路の除雪に比べれば大ごとですし、身内の有無から経済力の程度まで、条件は様々です」

「町内ごとに老朽家屋をあらかじめチェックしておいて、積雪が一定の危険水準に達したら、委託業者に雪を下ろさせる体制を行政で作るというのが最良のようですね」

「費用を税で賄うとなると、自己負担の金額でまたもめませんか?」

「単純に所得で判断するのですよ。つまり、非課税世帯なら負担金は取らない。蓄えまでは問わない。蓄えを言い出すと、やれ調査だ、申告だと、ややこしくなりますからね」

「子供たちは?子供たちの所得はどうします?」

「所得の多い人はそれだけ多く税も納めている訳ですから、子供の所得は関係ない。町内の住民のことは、町内の範囲で解決する。どうですか、すっきりしていいでしょう?」

「しかしあなた、町を出た子供たちは、雪の心配などない都会に税金を納めているのですよ…で、この町に住んで細々と田畑を守っている者が、他人の親の雪おろしの費用を負担する。これはどう考えても不公平でしょう」

「都会の子供たちもやがて田舎の資産を同じように相続するのですからね」

「バス路線の廃止の時もそうでしたが、相続まで持ち出すと地域の話しは絶対にまとまりませんよ」

「お言葉ですが、住民の理解を得ないでは地域はやはりまとまりませんよ」

「まあまあ皆さん、この辺りでひとつ休憩を挟みたいと思います」

 担当者がとりなすと、

「いくら話し合ったところで、今年もあんな大雪になるとは限らないしね」

 誰かの愚にも付かない発言を合図に、参加者たちはやれやれという顔でトイレに立ちました。