都市部の会議(ゴミ屋敷の巻)

平成21年12月13日(日)

 地域の問題は地域で解決しようというテーマで開催された会議の議題は、最近にわかに話題になり始めた「ゴミ屋敷」への対応についてでした。

「地域委員会の皆さんには、先日、市内九ヶ所のゴミ屋敷を一通りバスでご案内して、三つの地域では直接住民の声も聞いて頂きましたが、本日はその対応策について考えたいと存じます」

 進行管理なしで自由に話し合って下さいと、市民生活課の職員に促されて、会場には活発な発言が飛び交いました。

「いやあ、百聞は一見に如かずと言いますが、あのゴミの山には驚きましたなあ…ご近所は気の毒だ」

「気の毒を通り越して被害者ですよ。あれはもう犯罪でしょう。臭いし、汚いし…」

「確か二番目に見たゴミ屋敷でしたか?お隣に住んでいらっしゃる主婦が、別の土地へ越してしまいたいけど、家のローンは残っているし、子供たちの学校のこともあるし…と、涙を浮かべていましたよね」

「変人と隣り合わせかと思うと気味が悪いともおっしゃっていましたよ」

「それにしても、肝心のゴミ屋敷の住人は一人も見かけませんでしたねえ」

「ああいう人は総じて人間嫌いなんじゃないですか?人と折り合って生きて行くつもりなら、あんなふうに周囲が嫌がることはしないはずです」

「きっと友人もいないのでしょうね」

「身寄りも寄り付かないのでしょう」

「子供の頃はどんなだったのでしょうねえ。親や兄弟がいて、保育所や学校に通い、友達とも遊んでいたんでしょうに…」

「以前ゴミ屋敷の住人を取材したテレビ番組で、元小学校の教員という人が紹介されていましたよ」

「それ、私も観ました。きちんとした身なりの人でしたよね」

「そんな人かどうしてまたゴミ屋敷に…」

「ゴミ屋敷になるきっかけや事情は様々でしょう。ひょっとすと本人にだって分からないのかも知れません」

「一人暮らしのお年寄りの場合、腰を痛めてゴミ出しができないまましばらく放置すると、ますますゴミは手に負えない量になって、いつの間にかゴミ屋敷ということもあるでしょうねえ」

「ゴミ出しの曜日が分かんなくなってる場合も考えられますよ、私なんか時々間違えて持って帰ります」

「燃えるゴミだ、燃えないゴミだ、ビンだ、ペットボトルだと、若い人でさえ面倒な分別は、少し分かんなくなったお年寄りには無理かも知れませんねえ」

「大半は単にだらしないだけなのだろうと思いますよ」

「それにしても、わざわざゴミを集めて来る人もいるでしょう」

「あれは分かりませんねえ…」

「精神を病んでいるのじゃないかと思いますよ」

「そんなもの分からなくてもいいのですよ。とにかく片付けてさえもらえれば」

「ああなる前に何とかならなかったのでしょうか」

「さっきのお年寄りの場合などは、困っている様子をご近所が早めに察知して手を差し伸べれば、深刻な事態は避けられたのかも知れませんが、それはあくまでも困っている様子が察知できた場合の話しでして、ゴミ屋敷になるような人は、たいてい人付き合いが悪いから、誰も関心を持っていません。それに困っていそうだからって、日頃のお付き合いのない人になかなか声はかけられないものですよ」

「確かに知らない人に声はかけられませんねえ」

「その種のお年寄りの問題とゴミ屋敷とはあなた、次元が違いますよ」

「九ヶ所のゴミ屋敷について行政はゴミを撤去するように説得しているのですか?」

「もちろん何度も担当者が出かけています」

「すると?」

「まともに話しができない人がほとんどですね。それでも執拗に説得を続けると怒り出します。おれの土地から出て行け、市役所は人の土地に勝手に入っていいのかと言われると、我々としてもそれ以上は…」

「そんな弱気でどうするんですか!市役所は市民の生活を守る立場でしょう」

「ゴミ屋敷の人たちも市民ですからねえ…それにおおやけは法を犯すわけには行きません」

「法ですって?法を犯しているのはゴミ屋敷の側ではありませんか!」

「自分の土地や家屋にゴミを集めてはいけないという法律はありませんが、他人の土地に勝手に侵入してはいけないという法律はあるのですよ」

「条例は?条例を作って強制撤去すればいい。条例は地方の法律でしょう!」

「憲法に違反する条例は作れませんよ。個人の自由は憲法によって最大限に尊重されています」

「私たちはゴミの山など見たくないし、ゴミのにおいも嗅ぎたくありません。憲法は、そういう私たちの自由は守らないのですか?」

「見たくないものも、嗅ぎたくないにおいも、聞きたくない音も、世の中にはたくさんありますからね。憲法に抵触しない形でゴミ屋敷だけを排除する条例を作るというのは技術的に簡単ではありません」

「なるほど。養鶏場の場合と同じですね」

「養鶏場?」

「もう何年前になりますか、古くからあった養鶏場の近くに団地ができたのです」

「ああ、思い出しましたよ。季節によって風に運ばれて来る悪臭に、住民はほとほと困り果てたのでしたね」

「代表が全世帯の署名を集めて養鶏場の強制移転を市役所に陳情しましたが、どうにもなりませんでした」

「そういえば、奇抜なデザインの家を建てようとする漫画家を相手に建築の差し止めを求めた裁判もありました」

「あれも住民側の敗訴でしたね」

「奇抜な家など見たくないという住民の自由より、奇抜な家を建てたいという土地の持ち主の自由の方が重んじられた訳です」

「しかし、それとゴミ屋敷の問題は同じなではないでしょう?」

「う~む、一応、個人の自由をどこまで尊重するかという意味では同じレベルの問題ということになりますね」

「養鶏は仕事ですが、ゴミ屋敷は単なる迷惑行為でしょう!」

「その迷惑が個人の自由を制限してまで取り締まらなければならない程度であるかどうかの判断が難しいのですよ。逆に言えば自由主義国家は、国民の自由をそれほどまでに尊重することによって成立しています」

「習いましたねえ、昔、学校で…。思想の自由、身体の自由、職業選択の自由と…あと何でしたっけ?」

「居住の自由、表現の自由」

「あ、確か、信教の自由というのもありました」

「だから路上に直接座るのも、電車で化粧をするのも、肌を過激に露出するのも、自宅にゴミを集めるのも自由という訳ですか…」

「何となく習った憲法でしたが、良くも悪くもこんな形で暮らしに関わっていたのですね」

「自由…ですか」

 参加者たちは一様に複雑なため息をついたのでした。