都市部の会議(孤立死の巻)

平成21年12月22日(火)

 孤立死対策という議題を見て、

「あの…ひょっとして孤立死じゃなくて、孤独死の間違いじゃないですか?」

 委員の一人が質問しました。

「いいご質問です。孤独は心理的用語ですが、孤立は社会的用語ですからね。家族がいても孤独な人はたくさんいます。しかし、家族がいれば孤立はしていません。つまり周囲との関係が断たれた状態を孤立と言うのですよ」

「なるほど、よく分かりました。一人で死んでゆく人の淋しさを問題にするのではなくて、死ぬときも死んだあとも誰からも関心を持たれないという状況が問題なのですね」

「これからは急速に増えると思いますよ、そういう人。もともと都市は地縁や血縁ではなくて、人は仕事をするために集まっていますから、地域のつながりは希薄です」

「隣に誰が住んでいるかわからないマンションも多いですよ。郵便受けにも玄関にも部屋番号が表示されているだけで名前はありません」

「病室もそうですよ」

「結局、職場だけが居場所ですから、定年でいきなり役割りも人間関係も失うと、サラリーマンはたちまち途方に暮れてしまいます」

「仕事に明け暮れた人ほど夫婦のきずなも希薄ですしね」

「間違えてはいけません。それは孤独の問題ですよ。きずなは希薄でも夫婦で暮らしていれば孤立ではないのです。ところが昨今は熟年離婚が多いでしょ?一人になると孤立します」

「だから趣味の会や生涯学習の教室に参加することが大切なのですね」

「確かにそういう集まりに所属している人は、どこにも所属していない人よりはずっと安心ですが、そこで連絡を取り合う個人的な関係ができなければ、参加していないのと大して変わらないと思いますよ」

「私もいくつかの教室に参加した経験がありますが、欠席が何日か続いたら電話をかけ、電話に出なければ訪ねてみるような関係はなかなか作れませんね」

「そもそも主催者は、個人情報保護とやらで、参加者の連絡先も知らせませんからね。親密な関係は、自分で積極的に作らなくてはなりません」

「それが苦手なんですよね、都会の人間は…というより他人と上手に距離を保ってお付き合いしてる。踏み込み過ぎると、うっとおしいと思われます」

「その方がスマートですからね」

「スマートというより楽なんですよ。踏み込まなければ摩擦もありません」

「しかし踏み込まなければ親しくもなれない」

「とにかく都市に住む人間が孤立し易いことはわかりました。問題はそういう人が病気をした場合ですよね?」

「救急車を呼んで入院すれば、いきなり孤立死にはならないでしょうに…」

「心臓発作や脳出血など、救急車に連絡できないまま死を迎える場合もあるでしょうが、問題はおカネですよね。おカネがなきゃ救急車を呼ぶのも躊躇する。病気じゃなくてもおカネがなくて餓死する人だっているのですからね」

「おカネがなきゃ生活保護があるでしょう。知らないんじゃないですか?そういう制度」

「知っていても嫌なんだと思いますよ、生活保護は。行政が戸籍を調べて、子供はもちろん兄弟姉妹にも連絡を取って、援助はできないかと打診しますからね」

「行政の手前しぶしぶやって来た子供たちから、どれだけ迷惑かけたら気が済むんだなんて罵られたら、人によっては死ぬより嫌な場合もあるでしょうねえ…。それこそ本人は改めて孤独と直面します」

「孤独よりは、孤立の方がましということですか…」

「いえ、孤立死をするのは、そういう人たちじゃないかということですよ」

「そういう人は防ぎようがない」

「しかし、そもそも防がなくてはならない問題なのでしょうか?」

「え?」

「突然死は、夫婦で並んで寝てたってあるわけですし、覚悟の餓死は本人の生き方でしょ?誰にも止められない」

「…」

「問題を四つに分けなくてはならないってことですね?」

「…と言いますと?」

「一般に孤立は好ましいことではありませんから、元気なうちに孤立しないことの大切さを自覚して、仲間づくりに結びつく多様な機会に参加できなければなりません。これが一つです」

「なるほど、単なる生涯学習はありますが、参加者にもっと仲間作りの大切さを意識してもらうのですね」

「二つ目は?」

「孤立死を望まない人の緊急事態を迅速に察知するシステムの普及です」

「連絡なしに一定時間トイレの水が流れなかったり、冷蔵庫のドアの開け閉めがない場合は、管理人に連絡が行って、合い鍵で部屋に入る…という、あれですね?」

「新聞がたまってると安否を確認するサービスもありますよね」

「いずれも本人が望んで参加するシステムです。民間の有料サービスがありますから、行政に求められるのは経済的ゆとりのない人々を対象としたシステムでしょうね」

「なるほど…で、三つ目は?」

「生活保護制度の周知です。おカネがないからやむを得ず死を選ぶというのは悲惨でしょう」

「しかし生活保護を周知しても、子供たちに連絡されたくないタイプの人たちは利用しないんじゃなかったですか?」

「だから、それが四つ目ですよ」

「それがって?」

「遺体の早期発見システムです」

「いきなり遺体ですか」

「いえ、私もそれは大切なポイントだと思いますよ。突然死であれ覚悟の餓死であれ、発見システムに加入しないで孤立死した人の遺体はなかなか発見されません。部屋で腐乱したりすると、それこそ悲惨ですからね」

「いきなり遺体の発見というのは飛躍し過ぎじゃないですか。孤立死させないための対策が先でしょう」

「ですから、孤立死したくないという意思がある人の対策は既に述べました。仲間作りの工夫、不測の事態の察知システム、生活保護制度の周知。これ以外にあれば提案してください。孤立死も止むなしと思っている人たちは対策の立てたてようがない。やはり遺体の発見です」

「そうですね」

「賃貸住宅は契約時点で大家が対策を講じることができるでしょうが、問題はマンションと戸建です。勝手に入ると家宅侵入罪ですからね」

「またしても個人の権利の壁ですか…」

「遺体にも権利があるのですか?」

「いや、遺体かどうか分からないから困るんですよ」

 その発言のあと、参加者は急に口が重くなったのでした。