遅れて来た帝国主義国家

平成22年12月12日(日)

 帝国主義の定義を見ると、一つの国家が、自国の民族主義、文化、宗教、経済体系などの拡大を目指し、新たな領土や天然資源などを獲得するために、軍事力を背景に他の民族や国家を積極的に侵略し、さらにそれを推し進めようとする思想や政策…とあります。

 かつて世界は帝国主義が主流の時代がありました。

 欧米に遅れて文明化した日本は、欧米に遅れて帝国主義化して、軍事力を背景に韓国を併合し、中国に満州という傀儡政権を樹立しました。満州鉄道を爆破して、それを中国の仕業にするという、今では信じられないような手段を用いて中国への侵略を開始したのでした。やがて戦火は第二次世界大戦に拡大し、日本は資源を求めて占領した南方の国々を次々に失いながら連合軍に敗北しました。首相の言葉を借りれば、私たちは、かつて多大なる迷惑をかけた中国、韓国を始めとするアジアの国々に対する負い目を背負いつつ、強制的に民主化されたあとの歴史を生きているのです。

 さて、今になってようやく強大な経済力と軍事力を整えて帝国主義化した国があります。中国です。中国は、冒頭の定義を引用すれば、自国の経済体系の拡大を目指し、新たな領土や天然資源などを獲得するため、軍事力を背景に近隣の民族や国家を積極的に侵略し始めたのです。気が遠くなるほど大量の人口を食べさせてゆく責任を負った政府としては、なりふりかまってはいられない事情もあるのでしょうね。国民は、言論も移動も経済活動も一見自由でありながら、土地は国有で、必要があれば国家が国民をどのようにでも統制できるという、世にも珍しい政治体制下で生活をしています。隣国の帝国主義国家によって、一つの国家内にもう一つの政府が樹立されることの恐怖を嫌というほど経験した中国は、内部に意見の対立を抱えることを極端に危険視して、一党独裁の全体主義を貫いています。国家の遺伝子には、かつて隣国による理不尽な侵略を受けた記憶が深々と刻み込まれているらしく、まるで報復をするかのように、よく似た手法で、今度はその隣国の主権を脅かそうとしているのです。

 一方、帝国主義時代の隣国、つまりわが国はというと、実質的に軍部の独裁体制下にあって、政府にとって不都合な言論は封じられていました。情報はいいように改竄されて、国民は真実を知らされないまま、自国の防衛のためという大義名分を与えられて隣国の侵略に駆り出されました。ある意味、現在の中国に似ています。戦況が悪くなると、一億火の玉とか、玉砕という美名に煽られて、非国民の謗りだけは免れようと続々と死地に赴きました。敗戦後、徹底的に民主教育を受けた国民は、夢から醒めるように、全体主義国家の危険を思い知りました。自分たちを無謀な戦争に駆り立てたのは、軍部に牛耳られた自国の政府であり、国民こそ被害者であったと考えるようになりました。被害者は、加害者である自国の政府を警戒するばかりで、その分、中国を蹂躙した罪を自らのものとする意識は希薄になります。それは中国から見れば大変腹立たしいことに違いありません。昔から朝廷と幕府という、権威と権力の分散体制を敷き、権力が求心力を失う度に権威が発動されて、国家を危うくするほどの内乱を回避しながら政権交代を果たすという巧妙なやり方で国を運営して来た民族が、権威と権力を一体化させたとたんに政治的方向感覚を失って、危うく国家を滅亡寸前まで追い詰めました。その経験は、隣国とは反対に、国内が政治的に一つにまとまることに対する過剰な危機意識となりました。まずは二度と権威と権力が一体化しないように、「権威」を「象徴」という、政治的に極めて無害な立場に追いやりました。国内には常に対立意見が存在して、対外的な問題に対しても国家が一丸となって対処することはありません。一丸となることには理屈を超えた恐怖があります。それは逆に言うと、一丸となる条件が整えば再び冷静な方向感覚を失って、情緒だけで突き進む性情があることに対する自制心でもあるのです。その両国が再び緊張関係で対峙しています。

 国家も一人の人間のように様々な経験を通して人格を形成しながら存続しているのですね。

 経済的、軍事的に急成長して、強硬姿勢の外交を展開する中国に対して我々が今感じている脅威と苦々しさは、かつて中国に対してわが国が与えた脅威であり、苦々しさなのです。このままエスカレートすれば、国際社会から孤立して完全に行き詰まったわが国の経験をやがて中国が味わうことになるでしょう。その結果、全体主義体制の持つ困難と危険性を学ぶ結果になれば、その時中国は民主的な国家として生まれ変わることでしょう。一方歴史上初めて隣国の具体的脅威に直面したわが国は、そのことでどんな成長を果たすのでしょう。自国には戦闘機を飛ばす燃料すらないという絶対的条件を忘れて、再び一億火の玉などという情緒的性情を再燃させるのではなく、わが国に不利益を与えることが複数の第三国に不利益をもたらして、結果的にわが国に対する国際的防衛ネットワークが発動されるような社会的、文化的、経済的立場を模索する人格に成長することを願ってやみません。