男の特性

平成22年05月04日(火)

 昨日スーパーで珍しい人に会いましてね、とK先生は目を輝かせ、数年前まで机を並べていたY先生の様子をひとしきり報告したあとで、

「電話の声よりずっとお元気でしたよ」

と言いました。

「電話、されるんですか?」

「たまにね、でも話し始めると長くって・・・深夜に一時間はざらですからね」

「一時間!」

 私は昔からそれが不思議でなりませんでした。子供の頃はともかく、社会人になって以来、私は懐かしいからといって、目的もなく人に電話をした記憶がありません。それを女性はいとも簡単にやってのけているように思うのです。気安く人に電話ができないのは私だけなのでしょうか、それとも男性に共通した特性なのでしょうか。

「どう思います?」

 と、そのことを男性教員のH先生に聞くと、「電話ですか・・・用事がなきゃしませんねえ・・・」

「喫茶店は?」

「待ち合わせで利用したり、久しぶりに出会った友人とコーヒー飲みながら近況報告をすることはありますが、初めからおしゃべりを目的に男同士で行くことはありませんよ」

「ですよね、ですよね」

 共感し合う私たちに、今度はK先生が驚く番でした。

「へえ~男の人ってそうなんですか?女はそれが楽しみなんですけどね」

 そうなのです。女が楽しみだと公言する友人との無目的なおしゃべりが、男にはできないのです。

「それじゃ、友達と一緒に目的もなくデパートを見て回ったりはしないのですか?」

 というK先生の質問に、

「絶対しません!」

 H先生がきっぱりと否定しました。

 休日の朝、電話がかかって来て、

「おい、暇か?デパートでも見に行こっか」

「いいねえ、何時にどこにする?」

「チロルに十時でどうだ?」

「あそこモーニングが豪華だもんな」

 なんて状況は想像もできません。

 目的なんかなくてもデパートを回ったりして、生活そのものを楽しむことができる女と違って、男は目的がないと身動きがとれない性質を持っていて、親しい友人と歓談するためにも、一杯やるか、という目的を必要とします。夜中に電話のベルが鳴って、

「今いい?」

「いいけどどうかしたの?」

「ううん、どうしてるかなと思って」

「相変わらずだけど・・・あ、変わったことっていえば、うちのにポリープが見つかったことかなあ」

「やだ、悪いものじゃないわよね?」

「月曜日にカメラなの」

「こんなこと言うとあれだけど、あなた、ちゃんと生命保険には入ってるでしょうね?」

「一応ね」

「何でもなきゃいいけど、何かあったら、あなた、結局おカネが頼りだわよ。そうそう、おカネって言えば、聞いた?洋子が自己破産したって」

「自己破産?」

 と、こんなふうに脈絡のない話題がだらだらと続く会話が男にはできません。

「何だ、どうした?こんな時間に」

「例の件だけど、やっぱりお前しかいないなと思ってな」

「俺しかってお前、ちゃんとみんなに当たったのかよ」

「当たったよ、当たった上で頼んでんじゃないか」

「分かったよ、引き受けるよ、しょうがねえなあ」

「悪い悪い、じゃあな」

 と、男の会話はこれで終わりです。

 目的があるから電話をかけ、目的を果たせば終わりなのです。

 男は仲間と誘い合ってお茶を楽しむ生き物ではありません。仕事を失ってなおエネルギッシュに生きるためにはどうしても目的を必要とします。ゴルフ、盆栽、釣り、カメラ、俳句、カラオケ、ウォーキング・・・条件が整わなければ、屋敷にゴミを集めるという目的を設定してでも己をかき立てなくてはならないのです。サロンを用意して、さあ集えと言われても、男はおいそれと集うものではありません。集ったところで連帯はなかなか生まれません。老人施設に入所した女たちが群れて楽しそうなのに対して、男たちが石のように孤立しているのも、衣食足るだけでは男たちは楽しめないのです。

 テレビで新しいデイサービスの試みが紹介されていました。入り口に備え付けられた浅い木枠の箱に、裏面にマグネットのついた小さなプレートがたくさん入っています。プレートには「食事」「麻雀」「入浴」「囲碁」「お茶」「読書」「運動」「パソコン」などなど、実行可能な活動名が書いてあって、利用者はまず巨大なホワイトボードのタイムテーブルに、この時間は「麻雀」をしよう、この時間は「読書」をして過ごそうと、自分のスケジュールを貼り付けることから一日がスタートします。施設内だけで通用するマネーもあって、賭け麻雀もOKですが、麻雀の会場は二階にあって、利用者は不自由な体をおして、手すりにすがりながら階段を上らなければなりません。それが思いがけないリハビリ効果を上げているというレポートでした。

「なぜかこの方式は男性の参加者が多いのです」

 というレポーターの感慨は、言外に男の特性を言い当てています。

 男は目的指向型の生き物なのです。

 高齢社会を要介護社会にしないために、行政は高齢者の元気を保つ施策に躍起になっていますが、引きこもりを防止する催しに男性の参加が思わしくありません。生来の性差を変えることは大変困難ですが、生来の特性に着目した催しを企画すれば案外効を奏するかも知れません。