アイスクリーム

平成23年06月06日(月)

 無性にアイスクリームが食べたくなるときってありませんか?疲れていたのでしょう、私はその日、勤務中にもかかわらず、モナカの皮に包まれたチョコレート入りのバニラアイスをどうしても食べたいと思いました。

 こういう場合、職場というものは一人では食べにくいものですね。目算すると、出張している職員が多いのか、事務室には私を含めて九人しかいません。私は近くのコンビニで色々な種類のアイスクリームを人数分買って職場に戻りました。

 まず自分の分を机に確保しておいて、

「さあ、どれでも好きなのをどうぞ」

 袋を持って職員を回ると、

「あら、いいんですか?」

「これは、ありがとうございます」

「こう蒸し暑いと冷たいものが欲しくなりますよね」

 みんな口々に礼を言って、好みのアイスクリームを選びました。

 事務室になごやかな空気が流れました。

 ところが、さあ食べようという時、一人の女性職員が帰って来たのです。

 その瞬間、なごやかな空気が微妙な戸惑いに変わりました。

「ふう、暑い暑い、外は真夏…で…す…よ」

 戸惑いは、彼女の言葉の語尾を濁し、私に咄嗟の気遣いを迫りました。

「あ、よかった、これ、最後の一個なんですよ」

 私はことさら明るい声で自分のアイスクリームを差し出しました。

「いえ私は…」

 彼女は一旦は遠慮をしましたが、この状況で好意を拒否する理由はありません。

「え?いいんですか?済みません」

 軽く会釈しながら受け取ると、

「それじゃ、私、後でいただきますね」

 私があんなに食べたかったアイスクリームは、他人のものになって冷凍庫に納まりました。

 もう一度コンビニに行く気力はすっかり萎えていました。

 誰も悪くなくても、人の世には度々こういうことが起きます。怪我をしたお年寄りを病院に運んでいたために、大切な会議に遅刻したり、頼まれてついでに買ってやった宝くじの方が当選していたり、痴漢ともみ合っていたら、人相が悪いというだけで、通りかかった人に取り押さえられたり…。

 それを笑い飛ばして生きてゆくのです。

 おいしそうにアイスクリームを食べる職員たちをしりめに、私は気を取り直してパソコンに向かったのでした。