遅すぎた返信

平成26年02月19日(水)

 以前なら二月の郡上八幡は完全なシーズンオフで、耳もちぎれるような寒さを湛えて、犬猫の姿さえ見かけないほどひっそりと静まり返っていたものですが、東海北陸自動車道が通ると、世界遺産の白川郷や高山市へ向かう中継地点として、四季を問わず、にわかに来訪者が増えました。

 その日、観光客を気取って、ふらりと立ち寄った故郷の土産物店では、数人の客が特産物を物色していました。ネーミングはユニークでも、中身は一向に代わり映えのしない饅頭やタルトや豆菓子が並ぶ陳列コーナーのはずれに、カラフルな木製の積み木を発見した一人の女性が、

「あら、これええわ。これやったら孫も喜びよる」

 誰に言うともなく大声でそう言うと、

「ばぁちゃんが孫にプレゼントするんやさかい、ホンマは母親の了解なんか取らんでもええのやけどな」

 と、ぶつぶつつぶやきながら携帯電話を取り出して、慣れない手つきでメールをしました。

 関西のおばちゃんは、思っていることを、まるで呼吸をするように言葉に出す傾向がありますから、頭の中はスケルトンですね。

 女性は、しばらくは返信を待ちながら試食を食べたり絵葉書を見たりしていましたが、そもそもが、せっかちなのでしょう、

「ねえちゃん、これ送ってくれはる?」

 積み木をレジの女の子にかざしました。

「こちらで送り状をお書き下さい」

 促された女性がレジで所定の用紙に必要事項を記入し、料金を支払った直後のことでした。

 女性のバッグの中でブ~ンブ~ンと、携帯電話が震えました。

 女性は、取り出した携帯画面を顔から離し、目を細めてメールを読もうとしていましたが、突然面倒になったのでしょう。

「ねえちゃん、悪いけど読んでくれへんか?」

 携帯電話をレジの女の子に差し出しました。

 積み木を紙袋に入れようとしていた女の子は、商品をテーブルの上に置き、少し戸惑ったようにメールの文面を読み上げました。

「気持ちは嬉しいけど、積み木はこれ以上増やしたくありません。買わないで下さい」

「あらま、あの子、積み木は要らへん言うて来た。もうちょっと早う返信してくれたらよかったのに」

 申し訳ないなあ、返品するわ、と言われたレジの女の子は気の毒でした。

 にっこり笑って料金を返しながら、彼女の表情には、ほんの一瞬、ババ抜きでジョーカーを引いたときのような悔しさがよぎったのでした。