ナマズ先生7(最終回)(老いの風景シリーズ)

 ナマズ先生こと浜津先生の快気祝いは、先生の自宅で賑やかに始まった。

「よかったですね、先生、たいした後遺症が残らなくて」

「麻痺は左手だから原稿は書ける。それに、妻の葬儀以来寄り付かなかった息子家族もやって来て、久しぶりにこうして全員が揃った。考えてみれば何もかも脳梗塞のおかげだな」

 忌まわしいはずの脳梗塞に肯定的な意味を与えて、ナマズ先生は一人息子の和彦を見た。

 和彦の隣りには中学で不登校しているという拓郎が、緊張した表情で座っている。

「さあさあ、お燗がつきましたよ」

 和彦の妻の美樹が台所から明るい声をかけて、五人の教え子たちが立ち上がった。

 テーブルの上ではすき焼きの鍋が湯気を立てている。

「それでは、宴たけなわではありますが…」

「何だ君たち、帰るのか?」

「いえ、久しぶりに五人で学生時代のサークル活動をご披露しようと思いまして…」

「君たちは何のサークルに入ってたんだ?」

「引っ込み思案を克服しようと始めた馬鹿なサークルですよ。まあご覧ください」

 言うなり五人の野球拳が始まった。

「アウト!セーフ!よよいのヨイ!」

 負けると身につけているものを一枚脱ぎ、墨汁で顔に落書きをされる。その格好のまま歌の間を滑稽な仕草で踊りに踊って、

「アウト!セーフ!よよいのヨイ!」

「ああ、また負けた!」

 徹がパンツを脱ごうとすると、

「キャッやめて下さい!」

 美樹が顔を覆ったが、用意周到の徹はパンツを何枚も履いていた。

 みんな大笑いをしながら、視線が一箇所に集まった。

 ここ何ヶ月も笑顔を見せたことのない拓郎が、涙を流しながら笑っていた。

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