カミナリさまとへそ隠し

平成29年11月02日(木)掲載

「空がピカッと光ったら、お腹を隠さなきゃいけないよ。カミナリさまは人間のおへそが大好きなんだから」

 と子どもたちに言うと、

「へ、うそだあ、カミナリは電気なんだよ。おへそを取るなんて、子どもたちに寝冷えをさせないためにこしらえた作り話さ」

 子どもたちは信用しなくなりましたが、その昔は、夏になるときまって何人かの犠牲者が出て、そのために、どこの村でも物々しい立て看板やのぼり旗を立てて、カミナリに対する注意を呼びかけたものなのです。

『暑くても、良い子はへそを出しません』

『おやすみは、まずは腹巻き巻いてから』

『出したへそ、取られて泣くより腹巻き締めよ』

 ですから当時は腹巻きが飛ぶように売れました。

 昼間は雨雲を見てから慌ててお腹を隠しても間に合うのですが、夜はそういう訳には行きません。うっかり油断をして腹巻きをしないまま眠ったりしたら、寝ている間にピカッと稲妻が光り、目が覚めたときにはもうおへそはありません。赤ん坊からお年寄りまで、どんなに蒸し暑い夜だって、腹巻きだけは欠かさずに巻いていたのですから、たいていの人のお腹にはアセモができていました。アセモ専門の薬屋が繁盛していたと言いますから、当時の人がどんなにカミナリに悩まされていたかが分かります。

 おへそを取られたからといって、死んでしまう訳でも、病気になってしまう訳でもありませんが、本来あるべきものが無いというのは、何だか恥ずかしいものです。考えてもごらんなさい。自分だけ鼻がなかったとしたら…。自分だけ耳がなかったとしたら…。同じ様に、自分のお腹だけが、まるでカエルのようにツルツルの、のっぺらぼうだったとしたら…。ほら、あなただってやっぱり恥ずかしいと思うでしょう。

 地震、カミナリ、火事、オヤジ…。世の中で一番恐いものの一つに数えられて怖れられていたカミナリさまが、いったいどうしてピタリとおへそを取るのをやめてしまったのか…。

 それでは、これからその訳をお話しすることに致しましょう。


『カミナリさま対策本部』と書かれた物々しい垂れ幕が、庄屋さまの屋敷の軒に下がっています。夏を控えて、今年もまたカミナリの被害をできるだけ少なくするための相談が行われているのです。

「さて皆の衆」

 庄屋さまが言いました。

「問題は夜中じゃ。暑いのと痒いのに耐えかねて、誰もが知らない間に腹巻きを外してしまう。何とか真夜中も腹巻きを外さないくふうはないもんかのう」

 昨年の被害者は十四人。八幡様の奉納相撲の最中に、突然光った稲妻で、あっという間に六人の相撲取りのへそを取られてしまったのは止むを得ないことだとしても、残りの八人は、どれもこれも、夜、寝ているあいだの出来事なのです。

「夜中にへそを出していて被害に遭った者からは、罰金を取ることにしてはどうだべ?」

 一人が言うと、

「ばかこくでねえ、へそを取られただけでも気の毒なのに、その上、罰金まで取ったのでは可哀想過ぎるというもんじゃ」

 庄屋さまが答えました。

「そんだば、今年からは夜中でも家族の者が必ず一人起きていて、寝ずの番をするというのはどうだべ?」

 という意見には、

「それはいい考えだ」

 と賛成する者が多かったのですが、独り者には見張る家族がありません。

「他にもっと良いくふうを思いつかんのか!」

 庄屋さまは苛立ちを隠せません。

 いっそのこと村中がへその無い者ばかりになれば、恥ずかしがる必要はなくなるのではないかという訳で、

「思い切って、みんなへそを丸出しにして寝るようにしたらどうだべ」

 という意見が出るに至っては、誰もがあきれ返って、

「う~む…」

 頭を抱え込んだときでした。

「あの…庄屋さま」

 普段はおとなしい梅吉が、部屋の隅からおずおずと口を開きました。

「おらあ、こんなもの、作って見ましただ」

 見ると梅吉は、神棚に飾る餅ほどの大きさの丸い布の両端に長い紐がついた、眼帯のようなものをぶら下げています。

「何じゃ、そりゃ?」

 梅吉は立ち上がると、照れくさそうにもぞもぞと着物の前をはだけ、皆にお腹を見せて言いました。