誤算Ⅷ

平成30年04月13日

 後見制度を利用すれば、後見人が美佐子の代理人になって、ウェルフェアを相手に損害賠償の請求ができるはずではなかったのかと敦子はもう一度梶浦弁護士に訴えた。

「敦子さんが選任されれば、そういう展開になったのでしょうが、裁判所は石原弁護士を選任しましたからね。今となっては石原弁護士にお願いするしかありませんよ」

 梶浦の冷静な態度は、敦子には何だか突き放されたように感じられる。

「その石原後見人は、虐待の証明は困難だという理由で訴訟には消極的です。それどころか母の財産を全て管理して、私に生活費を渡してくれません。母名義の家から出て行くか、家賃を支払えと理不尽なことまでほのめかすのです。後見人を辞めさせるか、替える訳にはいきませんか?」

「生活費については誰が後見人になっても同じ問題が生じるかも知れませんねえ…私も迂闊でしたが、敦子さんがお母さんの財産で生活している実態を不適切だと考えて、裁判所は石原弁護士を選任したのかも知れません。後見人は裁判所の監督を受けますから、お母さんの財産から敦子さんの生活費を支出する正当な理由がなくて、石原弁護士も困っているのかも知れませんよ。いずれにしても、お母さまの財産を厳正に管理するのは後見人の最も重要な職務ですから、解任の理由にはなりません。損害賠償訴訟をしないのも後見人の判断ですから、解任の理由にはなりません。もちろん敦子さんは娘さんとして後見人解任の請求ができますが、後見人自身によほどの不正でもない限り、裁判所は認めないでしょう」

「しかし、そもそも申立てたのは私ですよ。申立人が請求しても解任できないのですか?」

「敦子さんがそうだとは言いませんが、認知症になった親の財産を思うようにする目的で、自らを後見人候補にして申し立てる親族もたくさんいますからね、気に入らない人が後見人に選任されたからって、簡単に解任するという訳にはいきませんよ」

「それじゃ、申立て自体を取り下げることは?それだったら初めからなかったことにできませんか?」

「審判は国家の決定ですからね。取り下げられません」

 敦子の目の前に、法律という血の通わない壁が高々と立ちはだかっていた。今となっては梶浦も石原も、ウェルフェア同様、敦子を苦しめる敵のように感じられる。

 そんな敦子の気持ちを察したのだろう。

「私、最初にご相談を受けたとき、お母さまの損害賠償にばかり焦点を当ててしまいましたが、後見人が選任されると敦子さんの生活にどんな影響が及ぶかについても、もっと詳しくご説明すべきでしたね」

 梶浦は六十に近い年齢で自活を強いられる敦子が気の毒だった。もちろん敦子だって貯えがあれば母親の財産など頼りたくはない。しかし定期預金が満期になったとき、利子があまりに少ないことにがっかりすると、これからは株の方がいいと行員に勧められて、全額を東電株の購入に回した直後に大震災に見舞われた。暴落した株をただ同然で売却して敦子が貯えを失った頃、美佐子が発病した。

「どうすればよかったのよ…」

 敦子は途方に暮れていた。

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