多様性(2)(最終回)

令和03年10月31日

「では、グループの構成を多様にするために、どんな属性で分けたらいいでしょう。ご意見はありませんか?」

「多様性と言えばまずは性別でしょう。男女の比率がグループで偏らないようにすべきだと思います」

「分かりました。性別ですね?ほかにはいかかでしょう?」

「ちょっと待って下さい。LGBTの人々の権利侵害が問題視される時代です。単純に男性と女性に分ければいいという訳にはいかないのではないでしょうか?」

「なるほど、確かにそうですね。先日、新聞社からアンケートを求められて応えようとしたら、性別の欄の男と女の下に、その他という項目がありました」

「その他…ですか。その他という分類も何だか失礼な気がしますね。ということは性別にきちんとLGBTを加えて分類すればいいということですね?」

 瀬川の言葉を受けて、書記がホワイトボードに、レズ、ゲイ、バイセクシャル、トランスセクシャルと書き加えると、

「しかし、それを明らかにせよと言うのは重大な人権問題ではありませんか?自分の性的アイデンティティは秘密にする権利があります。私は性で分けることそのものに問題があるのではないかと思います」

「あ、失礼しました」

 書記がとんでもない罪を犯したような態度で、性別の記載を消した。

「性別はデリケートな問題を含みますから、分類すべき属性から外すべきというご意見がありましたが、いかがでしょうか?」

 受講生たちは瀬川の問いに無言で応えた。つまり、この種の話題には関わりたくないという意志表示であると瀬川は理解した。マイノリティーの問題は配慮を求める声が一人でもあれば無視することはできない。

「積極的なご意見に感謝します。それでは、性別以外にどんな属性で分類したらよろしいでしょうか?」

「職業はどうでしょう?事務、製造現場、販売、サービス業、管理職程度の区分で分ければ多様になるかと思いますが…」

「しかしそれは偏見につながりませんか?職業に貴賤はないとはいうものの、製造現場と管理職があからさまになるというのはどうも…」

「それに事務職をリストラされて警備員になって間もない人がいたとしたら、どこに分類するのですか?いえ、私のことではありませんよ。ありませんが、たまたま現在就いている職業で分類することに、それほどの意味はないと思いますが…」

「…というご意見がありますが、この件について皆さんの考えはいかがですか?」

「私は性別や職業は多様性を構成する重要な要素だと思います。だけど、極めてプライベートなことでもありますから、全員一致でないと決めてはいけないことだと思っています。少数の意見を多数決で踏みつぶすことがあってはならないでしょう」

 嫌な流れができてしまった。

 独身か既婚かで分けるという案は、それこそプライバシーの侵害だという意見によって一蹴された。年齢で区分するという案は、女性に年齢を聞くのかという抗議で却下された。学歴も、年収も、持ち家か賃貸かという分類も、多様性という観点よりも差別的要素を問題視されて採用に至らなかった。出身地に至ってはあからさまに、

「被差別部落を抱える地域もありますからねえ…」

 比較的年配の受講者の発言で立ち消えた。

「私…進行役でありながら、ここで進退窮まっています。皆さんからは冒頭で、進行にご協力下さるお約束を頂いています。限られた時間です。グループ編成の段階で何も決められずにいたら、目的のコミュニケーションの研修にたどり着けません」

 この辺りで思い切ったアイデアを出して頂くと助かるのですが…と問いかける瀬川の困り果てた表情に、教室は息をのんだように静かになったが、

「あの…私も発言していいでしょうか?」

 書記の女性が思いがけない提案をした。

「いっそ、くじで決めたらいかがでしょう。くじには神が宿ると聞いたことがあります。ここまで時間を費やして何一つまとまらないということは、どうしようもなく多様な人たちが集まっている証明のように思います。だったら一から五までの数字を五枚ずつ書いたくじを引いて、さっさと五人ずつ五つのグループに分かれた方が合理的だと思いますが…」

 それが結論になった。

 瀬川と書記の二人でくじを作り、五人グループはあっけなく成立した。

「思いがけず時間がかかってしまい、また、くじでメンバーを決めるという想定もしなかった方法で何とかグループができました。しかし時間がかかったのは、進行役である私の不手際というよりは、グループ編成というテーマを巡って皆さんが存分にコミュニケーション能力を発揮された結果であると思います。それでは私の役割はここまでということで、あとは…」

 と瀬川が茂明と交代しようとすると、

「あの…」

 これまで一度も発言しなかった男性が立ち上がって口を開いた。

「いよいよお互いを理解するための演習が始まる訳ですが、ここまでの議論を伺って、私、実は戸惑っています。年齢を聴いてはだめ、職業も聴いてはだめ、住んでいる場所も差し障る、未婚、既婚も、家族のことも聴けないとなると、趣味や好きな食べ物や、これまで行った旅行先のどこが良かったかといった話題でコミュニケーションを図るということになりますか?」

 それでは人を理解したことにはならないと思いますが…という発言に教室は凍り付いた。

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