面会制限

令和04年05月03日

 正論だった。しかし入居のときはもちろん、面会の度に行き届いた態度で接してくれて信頼し切っていた尾藤が、どうして木で鼻をくくったような文面を送り付けて来るようになったのだろう。なぜだろう、いつからだろうと、どんなに反芻しても原因が思い当たらなかった。

「そうだ、私が知ってる特別養護老人ホームでは、パソコンを使ってリモートで面会していたり、ガラス越しの面会をしていたり、色々とくふうをしているわ。グループホームでもくふうすればできることだと思う。お願いしてみたらどうかしら?」

「そんなことは尾藤さんだって承知しているさ。コロナ禍の施設運営に関しては会議も研修も度々開催されて、面会に代わる方法についても十分知った上で、それでも提案して来ないということは、リモート面会もガラス越し面会も尾藤さんは実施する気がないということだと思うよ」

 今度は謙一が正論を言った。

 グループホームは特別養護老人ホームとは規模が違う。リモート面会でもガラス越し面会でも、実際に行おうとすれば職員が一人、付きっ切りで世話をする必要があるが、通常のケアだけでぎりぎりの人員配置のところへ、感染予防のための消毒や換気が加わって疲弊の度を増す現場には、一人の職員を一定時間、家族との面会に割くゆとりがないのかも知れない。

「だったらね、そういう事情を丁寧に説明すべきなのよ。家族だって納得できれば無理強いするつもりはないんだから。とにかく今回のことは尾藤さんの言葉が足らないと思うわ」

 意見は出尽くしていた。出尽くしてみると残っているのは、お互いの気持ちを率直に話し合えない、謙一と尾藤との関係の変質だった。

「コロナが人を疑心暗鬼にさせてる…」

 食器を片付けて食後のコーヒーを入れながら陽子がしんみりと言った。

 万一クラスターが発生すれば、安易に面会を許していた感染予防体制の甘さについて容赦のない非難を浴びる。預かっているのは認知症の高齢者ばかりだから、感染すれば命にかかわるが、管理の難しい認知症高齢者を入院させてくれる医療機関はない。うまく入院ができたとしても、一度に入居者を失ったホームの存続は危うくなる。最悪の事態を避けようとすれば、感染の危険が完全に去るまでは、面会は禁止するのが賢明だが、家族の気持ちが分かっているだけに、管理者の立場で面会禁止を告げるのは気が引ける。そこでグループホーム連絡協議会に働きかけて、協議会の決定事項であることを理由に禁止することになるが、断る段階で家族の気持ちに安易に理解を示せば、代替案としてリモート面会やガラス越し面会を提案されたとき断るのは難しい。しかし感染予防対策で雑務が増える中、面会に職員を割く余裕はない。気の弱い管理者が家族の要望に抗しきれないで面会の立ち合いを職員に強制すれば、不満に思った職員が申し合わせて退職だってし兼ねない。職員が定数を割り込めば、おいそれと補充の利かない現状では、その段階でホームは存続の条件を失う。そこで管理者は、話し合う余地のない事務的な表現で面会を禁止せざるを得ないのだ。

「そういうことか…」

「そういうことよね」

 冷静に考えてみると尾藤の苦境も理解できた。

 十八人の認知症高齢者の命と、職場の存続に責任を持つ管理者の立場は、ひたすらに母親だけを気に掛ける家族とは別の現実の中にあるのだ。

「結局、手紙を出すのが一番よさそうだな」

 謙一が言った。

「何言ってるの。手紙はだめだってば」

 陽子が気色ばんだ。

「いや、おふくろにだよ」

 謙一は慌てて誤解を解いた。

「月に一、二度、おふくろに手紙を出せば、読んでいるおふくろの様子を写真に撮ってメールに添付してくれるだろう。そのときには近況だって知らせてくれる。年内はそれを続けるしかなさそうだな」

「そうね…でも頻繁に出してはだめよ、鬱陶しいと思われるから。それから出してすぐ反応はどうでしたか?なんて聞いてもだめ、圧力に感じるわ。お母さんが手紙を読むのだってきっと手助けが要るんだからね」

「分かってるよ」

 人一人預けるのも預かるのも大変なことだということを、期せずして新型コロナウィルスが浮き彫りにした。

 気分を変えようと陽子がテレビをつけると、日曜の朝のワイドショーが、緊急事態宣言解除後の行楽地や歓楽街の受け入れ準備を紹介しいてた。

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