採用面接

令和05年06月12日

 わずか三人の採用枠のところへエントリーした十五人の受験生は、先週行われた筆記試験と課題作文で六人に絞られて、本日は控室で面接試験の開始を待っていた。

「世の中が不景気になると公務員志望者が増えるといいますが、本当ですね。本日の面接でさらに半分を落とさなくてはなりません。全体で五倍、本日だけで二倍の競争率です」

 採用担当係長の堀川裕史は六人分のエントリーシートと一次試験の成績に改めて目を通しながら小さなため息をついた。

 みんな自分の将来を託す覚悟で採用試験に挑んでいる。慣れないリクルートスーツに身を包み、緊張した面持ちで懸命に質問に答える若者の能力や適性を、四十分程度の時間で評価して合否の判断を下すのは気が重かった。

「今回は福祉の専門職の採用面接ですから、志望動機を中心に聴くことになりますが、どんなに熱心でも、あまり偏った領域への関心を表明する人物は困ります。公務員には人事異動が付きものですからね」

 冷静さで定評のある奥原沙也加主査は、課題作文を丹念に読み込んで、六人の発想力や文章力についてはおおむねの評価ができている。

「まったくです。よくある例ですが、離婚して一人で子どもを育てる母親の苦労を見て育ったので、母子家庭の支援に携わりたいと熱く語られても、高齢福祉の分野に配属になることだってあります」

 人事担当になって三年目の池内一也主任は奥原主査に追従する発言が多いが、紛糾した場面を収拾するバランス感覚の良さは群を抜いている。

「福祉を志望する受験生には、弱者と生活を共にしたとか、自らが弱者体験をした者が多いのです。昨年も、兄に重い障害があるので、どうしても障害分野で活躍したいという受験生がいて、面接官の同情を買いましたが、やはり採用は見合わせました」

 最近の若い人には珍しい一途な目をした青年を落としたことは、堀川の心で傷になっている。しかし、特定の分野に貢献したいと考えている受験生には、公務員ではなく、その分野の支援を仕事にしている民間の団体や機関で働いてもらった方がいいのだと自分に言い聞かせていた。

「エントリーシートの志望動機は無難に書いてありますが、面接ではその辺りを掘り下げることになると思います」

 それでは最初の三人を呼んでくださいという堀川の言葉で池内が控室に向かった。


 受験生を三人一組にして面接するスタイルには一長一短があるが、人間は他者との関りの中で存在するという前提に立てば、面接官の質問に答えるにしても、自分以外の二人の受験生を意識するし、答えは他の受験生の発言の影響を受ける。さらに面接官が三人いることによって、質問は意図しない奥行きと幅を持つ。一対一の濃密な面接なら引き出せたかも知れない個人の良さや特性の把握を犠牲にしても、堀川チームは三人の集団面接方式の長所に信頼を置いていた。

 市に採用になったらどんな仕事がしたいですか?という質問を入り口に、イレギュラーな展開にも臨機に反応できるかどうかをチェックしながら、三人の面接官たちは受験生の熱意や人柄に迫って行く。おおむね四十分の面接時間が終わる頃には、反応の速度、声量、言葉の明瞭さ、視線の落ち着き、質問の理解度、偏向の有無、他の受験生への配慮、協調性など、多岐に渡る印象項目が採点されて、手元の評価表にはAからDまでの総合評価が記載される。全ての面接が終了すると、印象が薄れないうちに、三人の面接官は会議室に集まって、それぞれの評価表をもとに話し合い、上位三名の採用を決定することになる。

 面接官は何度も課内で模擬面接を行って訓練しているだけあって、イレギュラーな展開も含めて採用面接は淀みなく流れて行ったが、ちょっとした波乱が起きたのは二組目のグループの佐島菜穂という小柄な女性の発言がきっかけだった。

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