採用面接

令和05年06月12日

 それから二か月が経った。

 刑務所の職員に付き添われて面会室に入って来た弟を見て、佐島菜穂はアクリル板の前で嬉しそうに立ち上がった。

「来たわ、来たのよ、市から連絡が!ほら、お父ちゃんの言う通りになったわ」

 菜穂は次年度の市職員の採用候補者名簿に登録された旨の通知をアクリル板に押し付けて見せた。

「おれの服役が役に立ったんだね。おめでとう!抗議した結果として候補者名簿に載れば絶対に採用になるとお父ちゃん言ってたもんな」

 丸坊主頭姿の痛々しい俊久は、パイプ椅子に腰を下ろして菜穂と向かい合った。

「そんなルールはもちろん明文化されてはいないだろうが、銀行員や公務員の採用には身辺調査が付きものらしい。採用試験を通過した者は、昔のように、いきなり内定を出さないで、まずは採用候補者名簿への登録にとどめておいて、調査結果が好ましくない候補者は採用を見合わせるという話を聞いたことがある。それが本当なら、弟が服役中という事実は簡単に分かるし、分かれば採用は絶望的と考えていい。そこでな…」

 父親が菜穂に授けた秘策は次のようなものだった。

 まずは面接の流れをうまくつかんで、犯罪者の社会復帰に関心があるという発言をする。なぜ関心があるのかを面接官が必ず質問して来るから、言いたくないような態度ではぐらかす。それでもさらに面接官は諦めずに追及する。そのときは思い余ったように俊久の事件の概要と服役の事実を打ち明ける。あとは、面接終了直後に人事課に電話を入れればいい。面接官の圧力に屈して他の受験生同席の中で言うつもりのない家族の秘密を話してしまったが、大変不快な思いをしている。不採用になれば正式に抗議すると伝えて電話を切る。圧力面接が対外的に問題になれば、面接官たちは厳しく責任を追及される。ましてや不採用にしたとなれば、弟の服役が理由ではなかったとしても、世間はそうは思わない。

「窮地に立たされた市はきっと菜穂を採用する。身辺調査もしない。公務員というのは誰も責任を取りたくない組織だからな。しかし汚い手を使ったなどと恥じることはないぞ。一次試験と論文試験を突破して面接まで漕ぎつけたのは間違いなく菜穂の実力だ」

 これは実力以外のことで不採用にされないための自己防衛だと父親は言ってその通りになった。

「姉ちゃん、胸を張れよ!おれのことも正直に話して採用になったんだ。面接に卒なく対応できる無難な優等生よりも、面接官を手玉に取るくらいの人材の方がきっと役に立つ」

 俊久はそう言ってさわやかに笑った。

 大学の除籍と服役という重い事実に押しつぶされそうになっていた俊久は、それを逆手に取って勝ち取った姉の快挙に救われていた。運命は切り開いて行けるのだ。

 菜穂の合格を喜んで。うまいものを食べに行こうと両親が計画してくれていることや、俊久の役割だったぺスの散歩は菜穂が続けているが、最近出会うようになった雌犬を好きになったみたいで、すごい力で後を追いかけるので困っているというたわいもない日常を報告している途中で、

「そろそろ時間です」

 と職員が無表情に告げた。

 それじゃ姉ちゃん、と俊久は立ち上がり、

「おれも頑張るよ」

 吹っ切れたようにそう言ってVサインを作って見せた。

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