お仕置き(1)

令和05年10月24日

 肌色のストッキングをすっぽりと首まで被った四人の知的障害者は、それが真面目に作業に取り組まなかった罰であることをすっかり忘れ、変形した互いの顔のおかしさと、周囲の支援員や仲間たちが笑い転げるのが嬉しくて、足を広げて腰を振ったり、戦隊モノのヒーローのようなポーズを取って、フロアー中央にしつらえられた十二人掛けの作業台の周囲で得意げにはしゃいで見せた。残りの六人の利用者たちは、割り箸を箸袋に入れる作業の手を止めて興奮している。

「あはは、おかしい、苦しい、辰也、もうやめろ、詩織も頼むからやめてくれ!」

 支援員の岸谷洋一と夏樹潤子が作業台に突っ伏して笑い転げる向かい側で、新人支援員の鈴村郁代だけが目を伏せたまま思いつめたように作業を続けていた。

 郁代には中学二年生の頃、クラスでいじめられた経験があった。開業医の娘の棚橋瑠美から、外の自販機でこっそりジュースを買って来いと千円札を差し出されたのを断ってから、瑠美を取り巻くグループによるいじめが始まった。

「さて、ここで問題です。私の今日の朝食は、ご飯だったでしょうか、パンだったでしょうか?」

 唐突に瑠美に質問されて答えないでいると、

「ブー!時間切れです。では、お仕置きです」

 郁代は瑠美の仲間から無理やりストッキングを被せられた。

 ご飯と答えても、パンと答えても、

「ブー!残念でした。はい、お仕置きです」

 ストッキングを被る日が何日も続いた。首まで被ったストッキングは、脱ごうとして上に引っ張ると、最悪の表情になった。そこをすかさず写真に撮られてグループで笑いものにされた。郁代に同情的な仲間たちさえも、その奇怪な顔を見てうつむいて笑った。そのときの屈辱が目の前の四人の知的障害者の姿に重なって、郁代はとても他人事とは思えなかった。

「よし、もういいだろう。四人ともここに並んで肩を組め!お仕置きの証拠撮影だ。さあ、笑え!」

 主任支援員の寺脇大輔が良く通る声で命じると、三十歳を超えたいい大人にもかかわらず、四人はまるで叱られた小学生のように一列に並んで肩を組み、ストッキングの中でにっと笑って見せた。

 比較的重度の知的障害者を通わせて、簡単な作業や余暇活動を行いながら日中を過ごす生活介護の事業を直接運営していた市が、それを社会福祉法人に移管したときに、経験者として法人の入所施設から寺脇大輔、岸谷洋一の二人の支援員を異動させて中心的役割を担わせた。中でも寺脇は、利用者に対する不文律の処罰権を持っていて、規律を乱した利用者にはストッキングを被せた。それを容赦なく上方に引っ張り上げると、目はつり上がり、鼻はつぶれ、唇はめくれ上がって、罰せられた者は誰だか判別がつかないほど滑稽な顔になった。そこへ寺脇から笑えと言われて無理やり笑顔を作った四人の表情は、ストッキングの中で怒った猿のように歯がむき出しになって、フロアーは改めて爆笑に包まれた。

「おい、写真を撮るんだ。靖男、お前は背が高いんだから、もう少し屈め!美帆も、ほら、ピースサインだ!」

 その様子を食い入るように見詰めていた利用者の一人の若原耕平が、興奮したときの癖で立ち上がり、黒板を爪で引っ掻くような甲高い奇声を上げた。

 一瞬、全員が動きを止め、肩をすぼめて耳を塞いだ。

「わ!やめろ、耕平、そういう声を出したらお仕置きだと言ってあるだろうが」

 寺脇が丸めたストッキングをポケットから取り出して岸谷に放った。岸谷は耕平を抑えつけてストッキングを首まで被せ、先端を力いっぱい引っ張り上げた。『ムンクの叫び』のような顔になった耕平は、観客席からいきなりステージに上がったような気分になったのだろう。奇声を上げるのをやめて、得意げに笑顔を作り、被写体に加わった。

「いいぞ!そのまま動くなよ」

 寺脇はスマホを構えて写真を撮った。

 五人のストッキング戦隊は、寺脇がシャッターを切る度に思い思いにポーズを変えてスマホに収まった。

「写真はいつものようにLINEで送るので、ストレス解消に役立てましょ~う!」

 十五時四十五分…。

 作業、創作、レクリエーション、散歩など、午前と午後で希望する活動班に分かれて日中を過ごした四十人の利用者は、それぞれに後片付けを済ませ、形ばかりの一日の反省をして十六時には日課の全てを終わる。

 ある者は施設や家族の送迎で、ある者は付き添いサービスを受けて、利用者全員が無事に帰路についたのを見届けた郁代は、

「あの…先輩、ちょっとお話…いいですか?」

 支援員の小島直樹に声をかけた。

 小島は郁代より三年先輩で新人職員の指導を担当していた。

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