古希感慨(2)

令和03年01月19日(火)

 物置の隅に、縦1メートル、横50センチ、厚さ1センチほどの古ぼけた木の板が立てかけてあるのを発見して引っ張り出して見ると、片面には『空襲警報発令中』、もう片面には『警戒警報発令中』という文字が祖父の手で墨書してありました。長いこと町内会長を務めていた祖父は、警報が発令される度に、町内のしかるべき場所にこの木の板を掲げるのが役割だったのでしょう。祖父がふいに真っ赤な布団を町内の家の屋根に放り投げ、『焼夷弾が落ちたぞ~』と大声を張り上げると、それを合図に、ばらばらと外へ飛び出した住民たちが、消火のためのバケツリレーの訓練をしたのだという話を聞いたことがありました。私が生まれるわずか5年ほど前には、そんな緊迫した光景が郡上八幡の町に展開していたのです。

 時代というものは儚いものですね。体験した者の記憶の中だけに存在して急速に風化して行きます。聞き知った時代も、読み知った時代も、映像で見知った時代も、単なる歴史でしかありません。時代をリアルタイムで生きた人間の感慨は表現しなければ歴史にすらなれません。70歳という節目に当たり、そんな思いに駆られて、私は私の生きた時代の日常を書き留めておきたいと思い立ったのです。

 今は空き家になっている郡上八幡の実家のすぐそばに、同級生のつねちゃんが営む『清水』という喫茶店があります。店内は、殺虫剤のホーロー看板やら、侍の陣笠やら、木製箱型の真空管ラジオやら、薬屋が用いていたであろう精密な天秤秤やら…とにかく出自も知れぬ古いものが雑然と置かれ、まるで骨董屋の様相を呈しています。あそこならばと思いつき、『空襲警報発令中』の板を持ち込むと、つねちゃんは思いのほか喜んで、

「これ、くれるんか?よし!案内板に使おう」

 という次第で、わが家の物置で無価値に埃を被っていた戦時中の祖父の墨跡は、平和な現代の喫茶店の入り口で、再び重要な役割を得て蘇りました。柱に掛かった板が『空襲警報発令中』であれば『清水』は開店中で、『警戒警報発令中』であれば準備中を示しているのです。


 家が近所だったので、つねちゃんとよく遊びましたが、小学校に上がった辺りで記憶は途切れています。記憶から消えたつねちゃんは、偶然再会を果たすまでの間に、多難な人生を歩んでいました。父親の仕事の関係で岐阜市の小学校に転校したつねちゃんは、芸術関係の大学を卒業して、主にアート作品を手掛ける鉄工所に勤めていましたが、不慮の事故で片目を失い、義眼になって鉄工所を辞めました。次に就職した介護現場で頭角を現したつねちゃんは、岐阜県介護福祉士会の会長に就任します。あるとき、規模の大きな介護関係者の催しに記念講演の講師として招かれた私は、主催者側の会長であるつねちゃんと40年を超えた再会を果たしたのでした。

「ひょっとして、立町のつねちゃん?」

「ん?ひょっとして、川原町のてっちゃんか?」

 時を超えて一挙に小学生にかえった二人は、故郷の言葉で夢中で旧交を温めました。それから2度3度、介護関係の催しの講師に呼んでくれたつねちゃんは、退職を前に私の職場を訪ねて来て、神妙な顔で相談があると言いました。

「今の職場、来年60歳で定年やけど、望めば65歳まで働ける。でも65で退職すれば再就職は難しい。かと言って退職して何もすることがないのは退屈やろ?実家に一人でいるおふくろだって、いつまでも元気ではない」

「確かに、それはその通りだ…で?」

「実家には蔵がある。それをギャラリーに改造して、蔵の前の空き地に喫茶店を建てようと思うんや。ギャラリーのついた喫茶店…」

「喫茶店かあ、悪くないな…で、資金の相談か?」

 ちょっと警戒して私が聞くと、

「退職金がある。てっちゃんに迷惑はかけん」

 つねちゃんはきっぱりと言いました。

「なら何の相談や?」

「名前よ、喫茶店の」

「名前?」

「町の観光案内に載せたら観光客が来たくなるような名前…一人ではなかなか思いつかんのや」

「名前かあ…」

 しばらく二人で考えを巡らせて、

「そうや、単純に郡上八幡という名前にしたらどうや!」

 観光客は郡上八幡という名前に魅かれてやって来る。珍しい名前や気の利いた名前より、単純明快に『郡上八幡』という名前の方が店のコンセプトが分かるいうものだと思ったのです。

「郡上八幡かあ!おお、ええかも知れんな!ほかに同じ名前の店はないし。やっはりてっちゃんに相談してよかった。郡上八幡に決まりやな」

 そう言って意気揚々と帰って行ったつねちゃんが翌年開業した喫茶店につけた名前が『清水』でした。

「蔵をギャラリーにするために整理をしとったら、丸に清水という文字をすりガラスで表示したガラス戸が見つかったんよ。おれのじいちゃんの時代に使っとった古いもんや。捨てるのは忍びんし、保存しといても意味ないし、いっそ店の名前を『清水』にして、喫茶店の入り口に使うことにしたんや」

 という経緯で、喫茶『清水』の入り口には、つねちゃんのじいちゃんの時代のガラス戸と、私のじいちゃんの時代の空襲警報の板が、二つながら息を吹き返して、ここから先は過去が主人公だと言わんばかりに、骨董屋のような店内と外の世界とを遮断しているのです。

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