落とし物

平成27年10月20日(火)

 福井市の社会福祉大会に招かれました。

 北陸というと、はるばる出かけて行く気分になりますが、米原で「ひかり」を「しらさぎ」に乗り換えれば、五つ目の駅がもう福井ですから、思ったよりあっけない行程です。

 例によって、家でのんびりするよりは、駅でゆとりがあった方が安心とばかり、予定の時間より一時間ほど早く名古屋駅に着いた私は、待合室にも飽きて、プラットホームの雑踏の中で、人間観察を楽しみながら、心地よい秋風に吹かれていました。すると四十代と思しき白いカッターシャツ姿の会社員風の男性が慌ただしく近づいて来て、

「これ、落としませんでしたか?」

 目の前で、JRの切符を三枚、トランプのように広げて見せました。

 私は慌ててポケットに自分の切符を確かめて、

「いえ、私のはあります」

 男性は周囲の乗客の一人一人に矢継ぎ早に同じ質問をして回りましたが、該当者はいません。

「見つかりませんねえ…」

 と私が言うと、

「ええ、これ、高松までの切符ですから、結構高額ですよ。指定車両がこの辺りですので、ここで待っている乗客の中に必ず落とし主がいると思ったんですがねえ…」

「指定車両なんて切符がなければ分かりませんよ。私なんか、何度も切符を見て、車両番号を確認しても、ポケットにしまったとたんに、もう何号車だったか自信がなくなります。何時発の列車ですか?」

「それが次の岡山行きなんですよ」

「ということは、え?あと十分ですよ!アナウンスしてもらった方がいいんじゃないですか?落とした人も困っているでしょう」

「そうですよね」

 初対面の二人が一緒になって駅員を探すのですが、最近のプラットホームには駅員がいませんね。ようやく東京方面の側に立つ制服姿の女性駅員を見つけて、

「あの…」

 男性が事情を話そうとすると、

「申し訳ありません。乗り組む列車がもうすぐ到着します。別の駅員を探して下さい」

 女性が話を遮って制服の背筋を伸ばしたところに、ライト二つ光らせて東京行きの「のぞみ」が滑り込んで来ました。

 それにしても駅員同志、非常時に連絡を取り合うための専用の携帯電話ぐらい持っていないのでしょうか。たった今、私が心臓発作で倒れても、彼女は別の駅員を探してくれと言い残して列車に乗り込むのでしょうか。様々な思いが去来しますが、とにかく時間がありません。

 私たちは、列車が到着してにわかに混雑を増したプラットホームに目を配りました。すると、長身の若い男性駅員が、乗り降りする乗客の安全を確認していました。